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GUESS NOTE

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 空は明るく陽が差している。なのに僕の歩く路地は薄く靄がかかっている。
 誰が待つでもない帰路をとぼとぼと歩きながら、幸運でもなく、さりとて不運ともいえない人生を呪う。
 
 順風満帆とはいえないが、後ろ指刺されるようなことをした覚えもない。なのにふとした拍子に考えることといえば、僕の人生は果たしてこれでよかったのだろうか、ということばかり。そのことばかりが頭の中を巡る。
 何か事を成し遂げて目立ちたい欲求があるわけでもなく、しかしなにかやり遂げたい憤懣が澱のように溜まっていて、それが目の前の靄と同様、自分の目を曇らせている気がする。
 さっき塾で拾ったこのノート、誰かの忘れ物だったかもしれないのに持ってきてしまったのは、ちょっとしたいたずら心にすぎなかった。表紙に「NOTE」とそっけなく印刷されただけの、何の変哲もないノート。そこに持ち主が手書きで書き入れたらしい「GUESS」の文字。「ゲスノート」と読めばいいのだろうか。使っていた人間のセンスを疑う幼稚な駄洒落だ。

 部屋に着いた僕はやることもなく、そのノートを開いた。おそらく塾の授業で書き込んだ数式の類が書かれているだろうと予想していた。しかし全く違った。


※1このノートの所有者は想像するあらゆる下衆な行為を書き込むことで、その願いは現実のものとなる

 見開きの最初にそう書かれているのを読んだときもまだ、なにかの冗談の類だろうとしか思っていなかった。金釘流の、しかしはっきりとした意思を感じる太字で文字は記されている。さらにその下に書かれた文を読む。

※2所有者は下衆な行為によって誰かが幸福になるようにしなければならない

 意味が理解できない。誰が、何のためにこんなことを書いているのか。

※3下衆な行為によって幸福になる者は所有者であってはならない

※4下衆な行為を書き込むことで苦労する者、幸福になれる者は一人でなければならない
 必ずしも下衆な行為を受ける者と幸福になるものが同一である必要はないが、そのどちらも所有者が知っていなければ無効になる

※5下衆な行為が実行されたとき、誰かが死ぬ、または死を免れる事態を起こしてはならない。そのような書き込みは無効とされ、書き込んだ所有者には盥(たらい)……

※6所有者はいつでもこのノートの所有権を放棄できる

 盥ってなんだ?しかもその後に続く文はかすれて読めない。
 じっくり読んでみたが、要するに僕=所有者(実際は落とし主?)が書き込んだ下衆な妄想が現実になるということらしい。
 馬鹿らしい。僕は一旦そのノートを床に放り投げた。
 清廉潔白な人間というわけではないが、人を不幸にしたい願望は僕にはない。しかもひねくれているのは、その行為によって誰かを幸せにしなければならないということだ。
 5階の部屋の窓を開け放った。夕方とはいえまだ陽は明るい。少し寒いくらいの冷気が室内に侵入するが、かまわずそのままにした。冷ややかな風がカーテンを揺らす。

 僕がそのノートに書き込んで見る気になったのは、本当に現実のものになると信じていたからではなかった。記された条件を読んであることが気になったからだ。
 書き込んだ下衆な想像によって、その対象になる人物を不幸にすることが目的なのだろうか?
 これが本当に起こるとは思っていなかったが、これを書いた人物はなぜこんなややこしい条件をつけたのだろう。「これは誰かを幸せにするノートです」でいいではないか。そこをワンクッション置いて、誰かに下衆な行為をすることで間接的に誰かを幸せにする、そんなことは可能なのだろうか?

 思案しているうち、窓の外は暗くなった。僕は部屋の明かりをつけずそのまま考え続け、そして書き込むことにした。
 
 僕の住んでいる部屋から道を隔てた向こう側に、ここと似たような細長いマンションが建っている。ずいぶん老朽化しており、いつ取り壊されてもおかしくないほど外壁は罅割れている。住民は僕の知る限り、1階に一人暮らしのおばあさんと、5階の角の部屋に住んでいる若者だけだ。小さな町でもあったし、町内会長に年老いたおばあさんのことでなにかあったら助けてやって欲しい、と頼まれていたこともあり、そのおばあさんとは道で出会えば世間話するくらいの間柄だ。

 そのおばあさんがよくこんなことを話していた。いつも眠るのは夜十時を過ぎた頃なのだが、深夜になると5階の若者がコンビニに行くためにエレベータを使う。前述したとおり老朽化した建物に備えられたそのエレベータは速度も遅く、しかも稼動するたびに軋むような音を立てる。その音が毎晩決まった時間に2度鳴るため、眠りの浅いおばあさんは起きてしまうのだそうだ。若者は20そこそこだが、運動していないのかかなり太っている。不健康そうな白い顔にコンビニで買った鳥の唐揚げや焼きそばの入った袋片手にマンションへ入っていくのを僕も何度か見た事があった。
 「若い人だし、宵っ張りなのはわかるけれど、せめて階段を使ってくれないかしら……」
 注意することもできず、困っている様子のおばあさんのために、僕がそれほど面識のない若者に「夜は階段使いましょう」と言うのも変であるし、どうしたものか、と考えていたところだったのだ。

 よし、これをこの「ゲスノート」に書き込んでみよう、と思い至った。何も起こらないならそれはそれでよし、起こったならば、おばあさんは助かるわけで結果問題はない。あとは、どのような文章にすべきかだが……

 考えた末、僕はこうノートに書いた。

【**マンションのエレベータを夜間10時から朝5時まで停止することで○○(若者の名前)が階段を使ってヒイコラ言いながら苦労して上り下りする】

 ノートに書かれた条件の4によると、下衆な行為の影響を受けるものは苦労する者と幸福になる者以外に災禍が及ばないようにしなければならない、らしい。しかしあのマンションでエレベータを使うのはあの若者だけであるし、その点もOKだろう。

 
 さて、僕はどうなるのかまんじりともせずに夜の10時を待った。
 向かいのマンションの吹き通しになったエレベータホールの扉横には回数表示のランプがある。あのランプが10時になったら消える、なんてことは起きるのだろうか。
 
 動きは早い時間に起こった。マンションの前に白いワゴンが停まったのだ。サイドにはビルメンテナンス会社のものであることを示すレタリングがある。そこから作業服を着た男が降り立つと、エレベータホールと、5階に張り紙をして、そそくさと去っていった。僕は居ても立ってもいられずマンションへ駆けた。その張り紙は「老朽化につき22時~5時の間エレベータの使用を禁じます」と書かれていた。

 まさか、という思いと、本物だったのかという疑念を拭い去れないまま、手元の「ゲスノート」を見つめるのだった。
 しかし実際に現実のものとなった。あの貼紙の内容を若者が守るかどうかはどうだっていい。もし守らなかったら、そのことを注意することが出来るのだし、きちんとした使用禁止の大義名分は立っている。

 「ふう」
 僕は大きくため息をついた。
 これでおばあさんは安心して眠ることが出来るだろう。ほんのちいさな、小さな達成感を味わいながら、僕は次の願いをノートに書こうと思った。もうひとつ、確認したいことがあるのだ。

 【筆舌に語りがたい美女が僕に全裸を見せてくれる】

 コツ……

 頭に軽い物が落ちてきた感覚があった。これは?カップ?金属製だろうか?

「カッパ橋で買ったのよそれ」

 開け放ったままだった窓に透き通るような白い肌の女性が腰掛けていた。


つづく(のか?)







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by telomerettaggg | 2014-03-15 19:07 | summaron 35/3.5