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偽善もまた善

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GUESS NOTEの続きです。未読の方は読んでからこちらを読むと話が繋がります。





 昔の日本人が考えた地獄には「賽の河原」というものがあるらしい。親より早く死んだ子供が行く地獄だそうだ。そこでは子供たちが延々と石を積み上げている。全て完成しそうになると鬼がやってきてそれを全部壊してしまう。子供たちは泣きながらまた石を積むことになる。

 親より早く死ぬことがどれだけの罪なのかはさておき、初めから無駄だと判っているのにやらなければならない苦痛とはいかばかりか、そんな地獄には行きたくないと思う。ロシアかどこかの囚人の労働に、延々と穴を掘って、またそれを埋めて、また穴を掘ってを繰り返す拷問のような作業があるそうだが、ずっとやっていると人は気が狂ってしまうという。無意味な労働は人をも狂わす。


 窓枠に腰掛けた女を見て何の脈略もないそんな思考が一瞬よぎったのは何の意味があったのか、僕にはよく判らない。ただ、人はあまりにもありえないシチュエーションにでくわすと、とっさに反応できないことだけは実感できた。


 銀髪の女というものを初めて目にした。その髪は長く、腰まで届くほどだ。

 長い脚や、見るものすべてを少し小ばかにしたような切れ長の目は、あとから気づいたことで、そのとき目を惹かれたのは、黒い右目とはしばみ色の左目だった。


 「ちょっと、あなた誰ですか?」


 状況をいぶかしむ言葉が出たのはまるまる10秒以上経ってからだった。

 そもそも、ここは5階だ。彼女が腰掛けているのはその窓で、隣とベランダで繋がっているわけでもない。文字通り、降って沸いたような彼女の出現に僕は混乱していた。


 「知らないわ、そんなこと」


 僕をおちょくっているのだろう、と思った。頭のおかしい女だとしても、物理的にありえない状況で出現した挙句、わけのわからない答えだ。


 「カッパ橋ってなんですか、よく判らないけど、早く出てってください」


 そう言うしかなかった。女はおかしそうに髪を揺らしながら答えた。


 「だいたい状況から察しがつくでしょ。あなたの持ってるそのノート、それを見守るものよ」


 「あ、悪魔?」


 「こんな可憐な悪魔がいるものですか。そうねえ、天使だと思いなさいよ」


 自らを可憐と言う存在など信じたくはなかったが、どこかに人間とは別個の生き物らしい、という印象はぬぐえなかった。それくらい超然としていた。しかし、天使ではない?


 「あなたが思う天使の定義って何?それとはきっと違うけど、たぶんそんな感じの存在になるんでしょうね」


 僕は深呼吸して現状を把握しようと努めた。冷静に考えれば、信じがたいが、この人?はこの「ゲスノート」に関係しているのは疑いようがない。


 「天使でないとするなら、いったいなんなんですか?人間ではないってこと?」


 「人間じゃないわね。人間は5階の窓に突然現れたりはしないでしょう」


 僕はとりあえず今一番知りたい質問を投げかけることにした。


 「それじゃ、なんのために僕の前に?」


 女は心底僕を馬鹿にしたような目つきで脚を組み替えがら答えた。


 「決まってるじゃない、新しいノートの持ち主を見守るためよ。わからないことがあったらなんでも聞いてね。あ、今落としたカップはカッパ橋で買ったんだけど、代金はあなたの口座から支払ったからね」


 意味は判らないものの、床に転がったカップを横目に僕はPCを開いた。ネットで口座残高を調べると、果たして、数百円の支払い履歴が残っていた。もちろん、僕には覚えのない支出だった。

 

 「ルール違反の願いをノートに書くたびにあなたの頭に落ちてくるよ。少しずつ大きくなるから覚悟しといてね」


 楽しそうな彼女の言葉に、勘弁してくれよ……と心の中で呟きながらとりあえず疑問を投げかけた。名前は?このノートって一体何?


 「名前なんてどうでもいいけど、そうねえ、アンジェラとでも呼んでもらおうかしら」


 アキ?まあそれはどうでもいい。


 「あなたが下衆な願いを書けばそれが叶う。あたしはそれを見ているだけ。助言はするし、質問にはできるだけ答えるけど、それだけの存在」


 ものすごく気になっていた質問をする。


 「あの、なぜ、水着なんです?」


 なぜか彼女、アンジェラは白のビキニ姿だった。ワンルームの、わびしい独身生活の部屋にその姿は非常に違和感があった。不釣合いを通り越している。ファーストフードでバイトしているのに行き帰りは運転手つきのロールスロイスみたいな不自然さを帯びている。


 「え、いいじゃない。休暇くらいどんな格好でもいいでしょう?」


 ほとんど全裸に近い姿に僕は直視できない。ある意味、さきほどゲスノートに書き込んだ願いは叶ってると言えなくもない。休暇ってなに?僕の顔にはそん疑問が思いっきり出ていたのか、大まかな説明を聞かされることになる。


 いい?まず神の存在を信じる?まあ、信じてようがそうでなかろうがどうでもいいんだけど、人が神と呼ぶような、そんな存在はいるの。あなたたちが思っているような形ではないけれど。人間とは別個の生命体よ。その一部があたしだし、あたしが神そのものとも言えるし、そうではないとも言える。人の考える概念とは全く違うと思って。


 とても大きな、そうね、銀河系を覆いつくすほどの、無数の生命体が集合となってあたしたちは存在している。それを神と呼びたければそうすればいいし、その一部のあたしを天使と呼ぶのならそれでもいいわ。そんな神の気まぐれがノートを生み出したの。あなたがそれを使うもよし、放棄するもよし、それで神の怒りを買うこともなければ世の中に大きな動きを産むこともない、そんなもの。だから気楽にやりましょうよ。


 「休暇、ってなに?」


 「無数の集合体がずっと一つの存在でいることはとても強いけれど、それは均一化を生み出すと同時に脆さも出てくるって事。なにかひとつの致命的なことで、全体を殺すことにもなりかねない。そんな事態を避けるため、集合体から分離して新たな意義を得る、それがあたしのようなものだと思って。判らなかったら別にいいのよ。だからあたしのことを天使だと考えてもらって構わない」


 言っていることの意味はよく判らなかったが、要するに、このノートを持っている限り、僕のそばにいるらしい。休暇だからビキニであることの説明にはなってないと思う。多分に彼女の趣味なのだろう。そう考えることにした。


 「そもそも、このノートがこんなに面倒なのはどうして?単純に幸せになる願いを叶えるってだけでいいんじゃ」


 「不幸な人と幸せになる人のバランスを取るためね。それもまた受け取り方によってどうにでもなるのだけれど。それにしても殺風景な部屋ね。お客様にお茶くらいだしなさいよ」


 普段友人すら招いたことのない部屋に現れたお客様が水着の天使とは。

 たしかに、僕の部屋には何もない。机と椅子、それにPCのほかにはなにもない。TVは見ない。塾には行っているが学校に通わなくなって何年経つだろうか、一人暮らしの部屋とはいえ、おおよそ趣味といえるものがない僕にはこの部屋が過しやすかった。が、アンジェラの要求に応じてコーヒーを淹れる。


 幸不幸のバランスを取る。それ自体はわからなくもない。ある意味奇跡と呼べる手法で幸運なものだけを出し続ければ世の中の均衡は崩れてしまうだろう。


 「じゃあ、極端な話誰かに一億円あげて幸せにしようとしたら、どこかで同じ額を失って不幸になるってことだよね?それは判る。でもそれも受け取り方によるってのは?」


 「なにを幸運と感じて、なにを不幸と思うのか、そんなことは誰にもわからないわ。お金を貰って不幸になったと感じる人もいれば、ホームレスなのに心の平安を得る人もいる。そんなことは当事者でない限り誰にも判らないってこと。だから、ノートの条件にあることは文章どおりに受け取る必要ないし、そんなことは不可能だってことよ」


 「ノートには、不幸になる人、幸せになる人、双方一人ずつでなければならないとあるけど、じゃあ、どちらも結果的に幸せに感じたとしたらどうする?あなたが始めに書いた向かいのマンションのおばあちゃんは幸せになったとするわね。じゃあ、下衆な行為の対象となった若者は?本当に不幸なのかしら。階段を昇り降りすることで少し健康になるかもしれない。そのことを若者は幸せに感じるかもしれない。

 もっと言えば、エレベータに貼紙をしにきた業者は?定時を越えて余計な仕事を命じられたことで少し不幸かもしれないし、不況の中仕事が出来て幸運に感じているかもしれない。第三者に幸不幸の可能性を与えた時点でルールには反しているけれど、それにたいしての罰則はなにもないの。だから、あなたは頭に盥が落ちてくるリスクを負うけれど、あとは自由にやればいいわ。失敗するたびに盥は大きくなるし、代金はあなた負担になるけどね」


 目からうろこが落ちた気がした。

 なにを幸せか、それとも不幸と感じるかは人次第だ。それくらいのことは理解しているつもりでいた。しかし、エレベータ業者のことは頭からすっぽり抜け落ちていた。そうなのだ、そこにも人は介在していたのだ。


 「じゃあ、僕のやることは一体なに?誰かを幸せにすること?」


 「あなたのやるべきことなんて別にないわよ」

 僕の淹れたコーヒーを湯気に目をしかめながら、それでも満足げに飲みながらこともなげにアンジェラは言う。


 「そのノートで何かを叶えたからって世の中は何も変わらないし、世界が平和になるわけでもないわ。それでも無駄が無ではないことを理解できれば、あなたにとってそれは有益なものになるかもしれない。それだけのこと。あとは、どんなことを願うか、その顛末を見せてあたしを楽しませて。個の独自性を獲得することであたしは自分の存在意義を得ることができるようになるわ。あなたが飽きてノートを手放すまでがあたしの休暇、つまり分離した個としての存在でいられる時間なんだから。せいぜい長いこと楽しんでよ」


 無駄は無ではない、の意味はよく理解できない。けれど、憤懣を溜め込んでモラトリアム期間だと自分を慰めるよりもなにかのチャンスを得たのだ、と思う。


 鬼はなんのために子供が積み上げた石を崩すようなことをするのか。

 そこに意味を求めてはならず、しかし積み上げたこと事態に意義を見出せるようになることが、僕にとってなにか得がたいものを獲得できるような、そんな気がした。


 鬼と呼ぶにはあまりにも美しい肢体をさらす天使の存在を前に、僕はそんなことを思った。






 続く(らしいよ)








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by telomerettaggg | 2014-03-23 02:30 | summaron 35/3.5