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ASD! ASD!

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 自分が変だという事は自覚しています。個性やオンリーワンがもてはやされる時代ですが、どうやら自分は人と違うらしい、と気づいたのはわりと最近になってからのことです。しかし、本当におかしくなって入る人は自分のおかしな点を認めようとしません。その点自覚がある私はどうなのでしょう。病識があるということはすなわち私は変ではないということになるのでしょうか。テロメアですこんにちは。


 特に隠すことでもないのでぶっちゃけてしまいますが、私はASDです。
 自閉症スペクトラム、と呼ばれるそれは一般的にはアスペルガー症候群といったほうがわかりやすいかもしれません。子供の頃から人の言葉を真に受けてしまうことが度々あり、やりにくさを感じていました。ASDにはいろんな人がいるのですべてが当てはまるわけではないのでしょうが、独りで何かをやるのが好き、一度決めたことが予期せぬ事態で崩れてしまうと酷く困ってしまう、など思い当たるふしがいくつもあります。

 ASDかどうかを簡易的に調べるサイトはいくつもありますが、どれでチェックしても常人の閾値をはるかに超えた数値をたたき出します。このサイトの場合、44点でした。

 いまでも人の言外の意図を察するのは非常に苦手です。「あなたは真面目だね」といわれたとして、それが皮肉だとしても察することは出来ません。言葉通りに受け取ってしまうからです。それでもなんとかやっていけているのは、ひとえに経験からそれらを学んだことでしょうか。
 人が話す言葉は決していつもそのままを示しているわけではないことを悟ってから、受け止めた言葉を一旦「これはどういう意味で言ったんだろう」と考えることでタイムラグはあるもののどうにか処理することができます。
 しかし、明らかな社交辞令は今でも苦手です。というより嫌いです。もう二度と来る事はないとわかっているのに「機会があればまたぜひ来てくださいね」などと言われても、「是非よろしくお願いします」と答えることに苦痛を感じてしまうのです。できる限りそういった事態にならないようするのみですし、どうせもう会わないのなら何を言おうがいいようなものですが、場合によってはいろんなしがらみから他人に迷惑をかけてしまうケースもあるわけで、難しいものです。

 独りで何かをやるのが好きなので、今の仕事はとても性格に合っています。のめりこむと完全に周りが見えなくなるので、集中しすぎて休憩のチャイムが聞こえないこともしばしばですが、それほど周りと会話する必要がないことは私にとってとても幸環境です。

 でも、だからといって人と話すのが嫌いなわけではなく、むしろ好きなほうかもしれません。人見知りしたことはないですし、知らない人とでも会話できます。ただ、それがうまくかみ合った会話になっているかどうかは別の話なのですが。ASDであることを自覚してからは、自分から積極的に話を進めるのではなく、人の会話にたまに合いの手を入れる程度のほうがうまくいくことに気づきました。なにしろ、他人が自分の話していることに興味があるかどうか、夢中になってしまうと察することができないため、自分主導の話には危険が伴うのです。独りでお酒を飲むのも好きですが、居酒屋やショットバーに行って飲むのも大好きなのは、他人の会話をBGMにして楽しむことが出来るからだと思います。あとは余計な口を挟まないことだけです。つい、自分が知っていることだからと「それは○○ですよ」と言いたくなるのを我慢しながら、ときおり行くお店での酒宴を楽しみにしているのです。

 こんななので、これは結婚どころかだれかと付き合うのも容易ではないですし、その点はもうあまり気にしていません。時おり寂しく感じることはあっても、一人でいることの満足感のほうが圧倒的に強いので、今のままでも充分幸せなのです。

 なぜこのようなエントリをアップするのかというと、私の書くことに言外の意味はないということを言いたいがためです。裏の意味もないですし、なにか素敵なものを見つけたときにステマじゃないか、と邪推されるのもまっぴら御免なのです。

 最初のネタと逆行しますが、いびつなものは自覚していようといまいといびつなのです。ただ、テロメアはそういうやつなのだと、それをわかった上でブログを楽しんでいただければ嬉しい限りなのです。







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by telomerettaggg | 2014-04-10 18:35 | SO-03D