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スラックライン

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1話:GUESS NOTE
2話:偽善もまた善


 あなたは平均台の上を歩いている。
 向こうにたどり着く前に大きな地震が来て、あなたは落ちてしまう。下にはマットがあるから落ちても怪我することはない。イメージの中であなたは右に落ちた?それとも左?


 「なにこれ。人間はこんなものを見て楽しんでいるの?意味が判らない」

 ソファに寝そべりながらアンジェラは僕に話しかけるでもなく独りごちる。彼女が僕の前に現れてからというもの、この部屋には物が増えた。TVを勝手に出す、寛ぐには最適のカウチソファを出現させては、僕の口座残高を減らしていく。なんでも出すことが出来るのなら、僕のお金を浪費しなくてもいいじゃないか。そう抗議したこともあるが、「なんでも等価交換なのよ。ゼロから1にしてるわけじゃないの。有る物を持ってきてる以上それに見合った対価は支払わなきゃいけない」とにべもない。
 特に使い道もない金なので、彼女が多少浪費したところで生活に困ることはないものの、なにか不条理を感じてしまう。

 アンジェラはTVを見ている。そこにはとある人気ラーメン店に修行のため入った若者をドキュメンタリーで追いかけていた。店主に怒鳴られ、時には泣きながら頑張る若者を応援する、そんな内容だった。

 「馬鹿じゃないの。精神論なんて必要ないのに」
 憤りを隠せない様子のアンジェラも、それなりに番組を見て楽しんでるんじゃなかろうか、と思いながら口には出さずにいた。

 「でも、そういうの多いよ。努力した分報われる話に人は弱いのかもしれない」

 「つうか、しなくていい努力なんてしないほうがいいに決まってるじゃない。なに、この仕事は盗め、とかお前は本当にラーメンを愛してるのか?とかさ。効率まるで度外視。怒鳴りまくってる店主を見てこのお店に行こうって気になるの?あたしは勘弁」

 まあ、そういうものだろう。嫌なら辞めればいいのだし、それでもそんな効率では測れない努力を評価する人は多い。味は同じでも人が作ったものと機械が製造したものでは前者のほうがおいしいと思う客はわりといるものだ。気持ちの問題がそこには大いに関係しているのだろう。アンジェラの嘆きには大いに同意するが、一筋縄ではいかないのが人間の社会なのだ。

 ふと、思いついて彼女に尋ねてみる。

 「ノートに会った事はないけどTVとかで知ってる人を書くことは出来るの?」

 TVから目を離したアンジェラは僕を見る。相変わらず白のビキニの姿で、TVやソファを出すくらいなら自分の服も出現させればいいのに、と思う。きっと羞恥心という感覚が人間のそれとは違うのだろう。

 「出来るわよ。名前と顔さえ判れば誰にだって通用する。なにか思いついたの?」

 うん、まあ、と言葉を濁す。

 「なにそれ。まあいいけど。そういえばもう塾の時間なんだっけ?」

 「うん。出かけてくるけど、君は?」

 「一緒についてっていいの?」

 「いや、だめに決まってる」

 「なら留守番。いってらっしゃい」

 ビキニの女性に塾に来られても困る。

 「いってきます」

 「大変ね、塾の講師も」

 今の塾に就職して1年ちょっとになる。大学在籍時からバイトで通っていた職場にそのまま居つくことになったが、バリバリの進学塾というわけでもなく、有名大学への合格ノルマがあるわけでもない職場はわりと気に入っている。ここにずっと居たいというわけでもないが、ずるずるとその場の空気に流されて漂うにはいい場所だ。いつまでそれが続くか、それは判らないのだが。

 似たような考えを持っているかは不明だが、そんな塾なので講師のほとんどは学校を定年退職した元教師が大半を占める。そんな中で20代の講師は僕と、僕と同じくらい覇気のないYという男のみ。

 Yは捕らえどころのない男だ。なにか目的があるようでもなく、かといって仕事が嫌いなわけでもないらしい。彼が休んだところを見た事がない。生徒に人気があるわけでもないが、影で悪口を叩かれることもない、そんな影の薄い存在だった。年齢が近いというだけの理由で休憩時にはなんとなく一緒になることが多い。Yに何の気なしに尋ねたことがある。

「もし、大金が手に入ったらどうする?」

 その時点で何らかの意図があったわけではなかった。ただ、こんな人物に突然巨額の富が降って湧いたようにもたらされたら、どうなってしまうのか、そのことに興味があった。

 お金なんて欲しくはない、けど困った人を助けるためのお金はいくらあっても困らないな。

 富を求めない、そんな人もいるのかと驚いた。逆に、そんなの嘘だろうという気持ちもあった。そんなこと言っていても本当に金を手にしたら私利私欲のために浪費散財するんだろう?と。

 帰宅した僕の顔になにかの決意が見て取れたのか、出かけるときと同じ姿勢でソファに寝そべっていたアンジェラが「ノート使うの?」と聞いた。

 うん。

 僕は小さく頷くとノートにペンを走らせた。

 「○○塾グループ会長の死と共にその財産の半分をYに相続させることで会長は節税になって助かり、Yは慌てふためくことになる」

 正直、なにかを達観したかのようなYの姿に苛立っていたのかもしれない。環境は人の性格をも変える。金が全てとは思わないが、金のせいで身を滅ぼすやつはいる。Yがどうなるのかいじわるしてやろう、死ぬことはないのだろうから。そう思った。

 塾の会長の顔と名前は、TVで立身出世の志として取り上げられたことがあり、それで知った。そのTV番組はアンジェラが出現させなければ僕が見ることはなかった。つまり、この下衆な願いを書くにいたった一因は彼女にもある。ちらと横目で見た彼女はそれをわかっているのかどうか、もう僕には興味なさげにTVをザッピングしている。

 
 会長の容態が悪化していることは塾会報からの情報で得た。しかし、急逝するとは考えていなかったし、それほど繁盛しているとは思えなかった彼の財産が莫大なものだったとは予想すらしていなかった。せいぜい数億の金がYの手に渡ってあたふたするだろう、くらいの想像しか僕の貧弱な頭では想定できず、少し面食らった。もっともYのほうが相当の混乱に陥ったのであろうが。

 「服を買いに行こうか」

 アンジェラに提案したが却下された。

 「そもそも、なんであたしがこんな姿なのかわかってないでしょ」

 「え、どうして?」

 「あたしがあなたの前に姿を出す直前、あなたはノートに下衆な願いを書いたわね。美人の全裸の女性を、って」

 恥ずかしながら、はい。

 「もともと天使に性別なんてないの。人間と違って生殖活動する必要ないんだから。この姿は、あなたが望んだもの。あたしの姿かたちはあなたの好みのタイプになってるでしょ?そういうこと」

 「どうにでも姿を変えられるのなら、お願いなのでもうちょっと露出を抑えてくれない?目のやり場に困るから」

 「自分で望んでおいて何よ。ふん。別に見たければ見ればいいじゃない。減るもんじゃなし」

 見てはいけないと判っているものをついつい見てしまう感情は男性諸氏なら理解していただけるだろうが、見なさいよ!とあけすけにされてしまえば、じゃあそうですか、では遠慮なく、とはいかない。アンジェラの思考回路自体が人間のそれとは違うのだろうと頭では理解していても、どこかで「どこ見てんのよ、この変態!」そう罵倒されるのではないかという恐怖が心の片隅に居座っている。男とは、そういうものだ。天使と同居したことのある男性が僕以外にいれば、の話だが。

 
 塾会長が死去したことで代替わりした息子は大規模な塾の統廃合を行った。
 僕が働いていた塾はそのあおりで閉校することになった。生徒や関係者は別の塾に割り振られたので、体勢に影響はない。ただ、僕はこれを機会に塾を辞めた。遺産相続したYがなぜか僕に多額の金を贈与していたのだ。弁護士を通じてそのことを知らされたとき、連絡しようにもYは消息不明になっていた。

 Yは塾を辞めた。遺産相続のゴタゴタで親族と揉め、無関係と思われた一介の塾講師への遺言でマスコミも彼を追い掛け回した。彼がどうなったのか、僕は知らない。ただ、風の噂でアメリカに渡ったとだけ聞いた。Yは幸せなのだろうか、それとも不幸なのだろうか。まだ、今は誰にもわからない。

 これはYの僕に対する嫌がらせだろうか?それともなにかしらの感謝の気持ちなのだろうか?僕がノートを使って彼を富豪にしたことをY本人が知るべくもない。Yがどんな意図であったにせよ、仕事を辞めた以外のどんな意味でも僕は幸せにも不幸にもなっていない。それでいいのだけれど。

 「ねえ、アンジェラ」

 「なに?ちょっと今この【世紀の大勝負!グランドキャニオンの綱渡り】っての見てるんだけど」

 TV画面では白人の男性が命綱なしで決死のチャレンジを始めようとしている。落ちたら間違いなく命はないだろう。ラーメン修行で怒鳴り散らされるのと同じくらい僕には興味のない番組だったが、何が面白いのだろう。

 「ノートに書いたことで間接的に僕が利益を得てしまったのはOKなの?」

 「問題なし」

 間髪入れずに即答する。その間も目はモニタに釘付けだ。

 「あなたはそれでなにかを得たとしても、なにかを失ったとしても体制に影響はないの。あなた、このチャレンジャー成功すると思う?」

 いままさに一歩目を踏み出した綱渡りのプロのことか。さあ、どうだろう?

 「彼がもし落ちるとするわね。右に落ちても左に落ちても死ぬわよね」

 どうやら、僕に対して話しているらしい。

 「うん、そこで左右は関係ないと思う。落ちるか落ちないか、じゃない?」

 「そう。でも人間のやっていることは結果的には落ちることでしかないの」

 僕にウインクしながら彼女はまた視線をTVに戻す。

 「成功、はないってこと?」

 「違う。成功ってこの場合なに?綱を渡りきったら現時点では目的達成するけど、それは今だけのこと。結局、人は皆死ぬのよ」

 それは言われなくても判ってる。

 「あなたがノートに願いを書いて、それによってなにかしら間接的に利益を得ても得なくても、全体のバランスは変わらない。綱の右から落ちても左から落ちても死ぬのと同じ。渡りきっても同じ。もっといえば尻込みして綱に足をかけなくても。人間のすることは本質的には無意味なのよ」

 「それじゃあ、最初から生きている価値はないってことなの?それはちょっと悲しいなあ」

 「人間の存在意義についての壮大な話題をちょっと悲しいで済ませるあなたも大概だけれど、それも違う。無意味と無は似てるようで全然違う。無意味かもしれないけれどしゃにむにもがく、あがいて動き回って、ああやっぱり無意味だったけど、これでいい、そう思えたらそれでいいじゃないの。なにもしないで虚無を待つよりよっぽど有意義よ」

 最後のほうはよく理解できなかったが、なんとなく彼女の話すことの意味は判るような気がした。じゃあなんで

 「ノートに直接的に利益を得る願いは書いちゃ駄目ってのは?」

 「え?」

 アンジェラはいたずらっ子のように僕に笑った。

 「そのほうが、面白いじゃない」






続く(かどうかは秘密)








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by telomerettaggg | 2014-04-12 22:17 | SO-03D