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人形の家には人間は住めない

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 飲みには頻繁に出かけているものの、女の子がいるお店に行くことは滅多にない。
 酔うにつれてしゃべるのが億劫になるのもあってか、バーやショットバーを好む。それでもごくたまに誘われてキャバクラやクラブへいくことがあるにはある。お盆のツーリングのときは、なにを考えたか、仙台で客引きのお兄さんに誘われるまま、一人でクラブへ行ってしまった。旅先の開放感がそうさせたのか、よくわからない。
 ただ、いままで経験したことのないことへ積極的に挑戦しようと考えること自体は、わりといい傾向だと思う。
 普段飲んでいるお店だと数時間居座って支払う勘定を1時間で浪費してしまうような、僕にとっての高級店では、女性がとっかえひっかえやってくる。そのたびに最初から自己紹介し、同じ話を繰り返す。女の子は嫌いではないし、そういったお店ではたらいているのだからそれなりに整った、なかには美しい女性と話すことを楽しむのが醍醐味なのだろう、とは思うのだが、なれないせいかやはり落ち着かない。数をこなせばいいのか。それとも、指名というものをして同じ女性と話せばいいのか、などと迷ってしまうが、いろいろ考えて根本的な問題に気づいた。

 当たり前のことではあるけれど、水商売を生業としている女性は客に対して本音をほとんど出していない。僕はといえばASDでもあるし、言葉の裏を読むのが非常に苦手だ。これでもある程度経験を積んで、今相手が発した言葉の意味はなんだろう、と考えるくらいのスキルはつけてきたつもりだが、酒を飲んでいるときくらい気を使わずにいたい。そう考える僕にとって、繊細な会話のやり取りや言葉を選んで女性とウィットに富んだ会話を楽しむことはなかなかできそうにない。

 「人形の家には人間は住めない」とは、これまで文字通り小さな人形の家に大きな人間が入ることは出来ないといった意味で受け止めていたが、どうやら違うようだと気づいた。よくよく考えれば人間サイズの人形だって存在する。
 これはおそらく、別世界で暮らす人たちと合わせていくことは難しい、といったニュアンスなのではないだろうか。そう考えると、そのあとの「流氷のような街で追いかけてたのは逃げ水」という歌詞にも得心が行く。

 住めないのは理解した上で、たまに、そう、本当に時たまになら、そういったお店に行ってもいいかな、とは思う。他の人とは違う、訓練的な意味で行ってみるのはいい。そう思えるだけ、少しはましになったのかな、と考えることで多少幸せな気持ちになれる。







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by telomerettaggg | 2014-09-02 03:40 | SIGMA 30mmF2.8DN