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無心で臨む

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 数ヶ月も更新しないかと思えば連日書くのもこのブログの特徴のひとつ、と言ってしまえば聞こえはいささかいいかもしれないが、実のところ面倒くさい病にかかってしまうといろんなことが瑣末に感じられてしまい、何もする気が起きなくなってしまうのだ。

 それから、急に文体が変わるのもこのブログの特色である。実は私、ですます調で文章を綴るのは非常に苦手なのだ。もともと語彙が貧弱な上に文体にこだわりがあるわけでもないから、連続して「ます」「です」「です」と連ならせてしまう。むしろ私自身がDEATHである。意味なしジョーク。

 やる気がないくせに新しい物好きで、いろんなサービスに手を出してしまう。
 現在このブログのほかにフェイスブック、ツイッターも長らく利用している。それに加えてインスタグラムもつい最近はじめることとなった。では、このブログはどういった利用方法にすればいいのか?

 ツイッターでは長文が書けない。つい昨日、どうやら140文字制限をなくし最大1万文字まで書き込めるようになる、という情報が持ち上がったが、そうなったら利用しなくなるだけのこと。ツイッターはあくまでも短文投稿が主目的である。
 フェイスブックはあくまで友人との交流プラス、日記のようなものを綴るだけになっている。いかんせん、40男の日常がそれほど変化に富んだものであるはずもなく、たまに起こった出来事を書く以外は友人のポストに「いいね」をクリックするか稀にコメントを残すのみとなりつつある。これはこれでよい利用方法なので特に異論はない。
 インスタグラムは写真を投稿するのみである。そこに芸術性もメッセージ性もなく、ただフィルム写真時代に撮り溜めたものを少しずつポストしつつ、スマホで撮ったものを織り交ぜていくようには、している。

 では、やはりこのブログは当初の目的どおり、写真と創作物語で行くべきか、との結論に達するわけだが、いずれにせよ毎日更新はない。自分にノルマを課すのが死ぬほど嫌いであるから、やりたいときにやるのが一番であろう。



 この件で急に思い出したことがある。私には3歳年下の妹がいるのだが、その影響もあって少女漫画も好きである。当時、かなりの人気を誇っていた、そしていまだに完結していない美内すずえの「ガラスの仮面」は私も相当引きつけられたものである。作者が亡くなるまでに完結するのかどうかは「王家の紋章」と並んで興味をそそる点ではあるが、それはさておき、ガラスの仮面では演劇が主題となっている。物語の主人公は少女二人であるが、サイドストーリーのひとつに忘れられないほど記憶に刻まれた話がある。

 舞台に立つにあたってサブキャラクタの青年に与えられた役柄は仏像を彫る「仏師」であった。彼は役柄をどう演じるか迷った挙句、実際の仏師のもとで生活することにより演技の糧にしようとする。仏師はどこかで修行をするわけでもなく、普段は役場に勤めている。妻と子供を愛し、数日、数十日の間全く仏像を彫ろうとはしない。ただ、一日のうちのわずかな時間、木の塊の前に座り、じっとそれを眺めるだけである。

 彼は言う。日常の中にこそ修行はあり、それは特別な場所に篭ったからといって見つかるものではない。ただじっと、優しく日々を暮らしていく中で、木の中に仏が見えるときが来る。その時が来たら、あとは余計なものをどかしていくだけです、と。

 そしてある日、こう言う。


 「仏像を彫りましょう」

 そこから仏師は一気呵成に仏像を彫り始める。
 仔細な描写はなにしろ25年以上前に読んだきりであるから違っているかもしれないが、大まかにはこのような話である。そして、なぜこんなに記憶に残っているのか、それは当時このシーンが非常に脳裏に焼きついていたため、妹と二人で「仏像を彫りましょう」ゲームをやっていたからであろう。

 ゲームと言うほど大層なものではない。ただ普段どおりの生活を送るだけである。そしてどちらかがそのことを忘れた頃になって、ふいに鹿爪らしい顔で「仏像を彫りましょう!」と宣言するのである。不意を突かれて笑ったら負けである。今思い返してもなにがそれほど面白かったのかは謎である。

 横道にそれてしまったが、要するにこのブログを書くにあたっては、前もってメモしたり書くことをまとめたりはしない。仕事を終え、帰宅後PCのスリープを解除する時までに、書きたいことが思い浮かばないときは更新しない。これをルールとしたい。普段は無心で過ごすのである。書きたいことがあるならばおのずと書きたい欲求のまま綴ればよい。メモしなければ覚えていられないほどの文であるならば書かなくてもよいではないか。

 書きたいことが物語であるか、はたまた撮った写真に対する講評であるか、あるいはなにがしかの言いたいことであるかはそのときにならねば判らない。極端な話、1ポストにつき写真を必ずアップせねばならないと言う事もないだろう。なぜかいつのまにかそれをしなければいけない、といった強迫観念で更新がストップした時もあった。

 いずれにせよ、思い立ったが吉日、である。
 このブログ内においてだけは、最低限のルールを守る限りにおいて私がルールであり、自分のやりたいことをやればいいだけの話なのであった。



 




それから、昨日のポストで今年9年目と書いたが、見返したら10年目であった。詫びずに訂正する。
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by Telomerettaggg | 2016-01-07 04:10 | Zenfone5