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蒼いピアス

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いつものように街中で写真を撮ろうとしていたボクは、公園で遊ぶ子供たちの横で、
そのお母さんらしき2人の女性が立ち話する声を聞くともなしに聞いていた。

幼稚園の年長くらいの男の子と女の子が、楽しそうにブランコで遊んでいた。

「あら、うちの子と〇〇さんのお嬢さんはいつも仲良しでいいですねぇ」

その言葉を聞いて、自分もそういうことを言われたような気がしたのを思い出した。



「ねぇ、授業さぼっちゃおうか」

そう話しかけてきたのはカスミちゃんだった。

小学校4年生の夏。

10歳のボクは大人たちから言わせると「問題児」だったらしく、大卒早々に担任した女性教師は扱いに困っていたらしい。
裸足で通学し、人目もはばからない言動に、とうとうクラス全員に対し、〇〇君には話しかけないように、
という命令を下すという、今ならそっちが問題視されるようなことが平気でまかり通っていた時代でもあったのだ。
当の本人はそんなことを気にするでもなく毎日学校へ行き、誰からも相手にされず、一人で遊んでいたのだが。

そんなクラス内で、同じように担任教師から嫌われて、無視されていたのが、カスミちゃんだった。

べつにおかしなことをするわけでもなく、それなのに不当な扱いを受けていたのは、
きっと彼女の着ている服がいつも汚れていて、風呂にも入っていないことからだったのだろう。
要するに、彼女の家庭は崩壊していた。
母親は家事を放棄していたし、父親は仕事にあぶれて飲んだくれるという典型的な不幸さを身にまとったカスミちゃんは、
それでも毎日学校に来て授業を受け、誰からも相手にされず家に帰るという生活を送っていた。

似たような境遇に、ボクとカスミちゃんが仲良くなるまでにそう時間はかからなかった。

なんとなくそばで一緒にいるようになり、2人でしゃべるようになり、揃って下校するようになった頃には、
彼女が全然普通の女の子で、とても繊細な感情を持ち合わせていることに気づいたのだ。

「ねえ、授業さぼちゃおうか」

彼女がそう言った時、ボクは1も2もなく賛成した。
問題児といわれつつも、それまで一度も勝手に授業にでなかったことはなかったのに。

土曜日の最後の授業。

ボクらはごく自然に学校を抜け出して、校門からはダッシュで手をつないで駆け出していた。
アスファルトから照り返す熱気が2人の体に跳ね返った。

小学校から程近い場所に、お稲荷さんを祭った神社があって、そこに二人して駆け込み、境内に上がりこんでふと、顔を見合わせた。

どちらからともなく笑い出していた。

汚れたサンダル履きから見えるカスミちゃんの足の指がとても小さくて、
ボクはそれに見とれていた。まるでそれは、とても小さな花を咲かせているようだったから。

「なにをみてるのぉ?」

照れくさそうに笑いながら目をそむける彼女のまつげはとても長くて、大きな眼はキラキラと輝いていた。

「いや、何も見てないってば」

そう言葉を返すボクはあの時、何を考えていたのだろう。

「そうだ!」

急に思い出したかのように、たしか一枚しか持っていなかったスカートのポケットから彼女が取り出したのは、一個のビー玉だった。

「キレイでしょ~」 

それはとても小さな、でも蒼く光るガラスの玉だった。

磨り減って板の木目が浮き出た境内の板張りの上で、
ボクらはそのビー玉を転がしては受け取り、
受け取っては転がすということを厭きることなく繰り返していた。


彼女がボクの家へ遊びにきたこともある。
というか、彼女は決して自分の家へボクを呼ぼうとはしなかった。
すごく散らかってるから、という言い訳は決して嘘ではなかったのだろう。
でも、それよりずっと、何かボクを呼べない理由があるんだろうな、ということは薄々察していた。子供にでもそれくらいはわかる。

生活レベルが今よりもずっとばらついていた時代、
ボクの家だってそう自慢できるものではなかったが、それでも母はいつも笑っていたし、それなりに幸せだったのだとは思う。

そうだ思い出した、カスミちゃんと遊ぶボクを見て母はニコニコしながら何度も

「いつも仲良しでいいわねぇ」

と言ったのだ。


カスミちゃんはそれを聞いてにっこり笑っていた。
そして、大きな瞳をボクにしっかり向けて、

「ね、仲良しのしるし」

と言いながら、あの小さな蒼いビー玉をボクに渡してくれた。

彼女の瞳をボクもしっかりと見た。それは憂いなど微塵も感じさせない澄んだ目だった。



夏が終わった頃、彼女は突然いなくなった。
カスミさんは家庭の事情で転校しました、という女教師の声が響くのを、ボクはうつろな心で聞いていたように思う。
なぜかその辺の記憶が曖昧なのだ。
すごく遠くへ行ってしまったように思えたのだが、それが隣町だったことに気づいたのはずいぶん後になってからだった。
子供の行動範囲はとても狭くて、歩いていける距離より先はすべて別世界に思えてしまうくらいなのだから。



中学生になり、彼女からの連絡もないまま日々が過ぎていた。

その日唐突に、小学校時代の同級生から、彼女が死んだことを聞かされた。
それは新聞の地方欄にも小さな記事で載せられていて、彼女が事故に遭ったこと、
目撃者がいないことから詳しい事情は判らないが、
轢いてしまった運転手は、女の子がフラフラと車道に出てきたように見えた、
と話していることが書かれていた。

カスミちゃんが不幸な交通事故にあったのか、それとも自ら命を絶ったのか、
そんなことはボクにはどうでも良かった。

ただ、ボクは気づいてしまったのだ。

彼女が最期までボクに連絡を取ってくれなかったこと、
そのことだけがとても悔しくて、ボクを判ってくれていると思っていた人がいなくなった夜、
真実独りきりになったことに。



「いつも仲良しでいいわねぇ」
母の、その言葉を聞くたびにボクはなぜかブルーな気持ちになっていた。


いまならはっきりとその理由がわかる。

あれは恋だったんだと。


だから今、すごく遅くなってしまったけれど言うよ。

カスミちゃん、ボクはあなたのことがとても大好きでした。

いつだって君のことを忘れないように、ううん、きっと忘れたりはしないのだけど、
ボクの左耳にはいつだって、彼女が好きだった蒼い色のピアスがついている。

それに触れるたびに、あの夏の日、恥ずかしそうな笑顔を見せるキミの横顔を思い出すんだ。







本文はスピッツのアルバム”フェイクファー”収録の
「仲良し」からインスピレーションを得て書きました。
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by telomerettaggg | 2006-12-13 22:14 | summicron 50/2.0