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No Future!

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「さあ、では扉を開けて通り抜けなされ」

その声を聞き、私は意を決して扉の取っ手に手をかけてグッと力を込めた。



・・・15分前・・・

「ここがどういうところであるかは知って来られたのでしょうな」

 白い髭をたくわえたいかにも仙人、といった風情の老人はやって来た私にまずそう聞いた。
ご丁寧に節くれだった杖まで持っているので、ますますその老人は仙人にしか見えない。

「はあ、あの、、、この扉を通ればその人の未来がわかると人づてに聞きまして、、、」

 言葉を濁しながら老人の後ろに見える建物の扉に目をやる、そしてまた老人に視線を戻す。
なんとも居心地が悪いように感じるのは、夏の盛りを過ぎたとはいえまだ熱気の残る屋外であるはずなのに、妙にここだけがひんやりと感じるからだろう。

「誰に聞かれたかは詮索しますまい。いかにも、この扉を通れば、その人の将来がおぼろげながら判るんですな」

「そして、あなたはその扉の指し示す意味を解き明かすお方、というわけですか」

 老人はここにおること大河のごとく、といった風情だったので私は思わずそう聞いてしまった。

「いや、まあ、不思議なこの扉と、その意味に気づいた隣に住むただの独居老人ですわな」

 カカカ、と笑うその姿に少し拍子抜けしたが、破顔一笑するその姿は仙人というよりもむしろ、
印籠を持って幕末を放浪したあの副将軍に似ていた。
 そしてここにはその扉のことを聞きつけた人々がときおりやってくるらしい。
 まだこのことはあまり知られていないのだ。

「あなたがほれ、そこの扉を通り抜けなさる、すると、あなたの未来を見通した扉の色が変る、それをワシが見て意味を伝える、とまあ、そういうことですわな。あなたはなにか将来に不安でもおありなのですかな。見たところまだまだお若いようですがのう」

「私は、、、私には、、、未来があるようにはどうしても思えないのです。いえ、別にこの世が滅びてなくなってしまうとかそういうことではなくて、私自身の未来がどうしても思いつかないのです。で、こうやって漏れ聞いたうわさを頼りにここへやってきたのですが、、、」

 そうなのだ、私には未来があるのだろうか、そんな疑問がここ数日頭からとりついて離れないのだ。
 確かに良くないことがいくつも重なったようには思う。
 会社ではうだつが上がらないばかりかとうとうリストラの対象になったといううわさまで耳に入り、
 家に帰れば耐震偽装されているのではないかという疑惑が持ち上がって夜も安心して眠れない、
道を歩けば犬には吠えられ、先日など車にはねられそうになったりもしたのだ。
 唯一の救いといえば、そんな私でも家庭があって、こんな不甲斐ない自分に対していつも明るく振舞ってくれる妻がいるということだ。
 
 あなた、今日はベランダのキンセンカが綺麗に咲いたわよ、あなた、裏の公園に住み着いている猫に仔猫が産まれてたわよ、などと語りかけてくれる妻の存在があるからこそ、こんな根拠のない不安など一掃してしまわなければ、というなかば義務感にも似た何かに後押しされてここにやってきたのだ。

「ふむ、詳しいことは聞かないでおきますわ。聞いても詮無いこと、扉の色はあなたの未来を読んでそのとおりに変わるわけですからな。さあ、では、、、扉を開けて通りなされ」


・・・最初に戻る・・・

 扉は、何の変哲もないただの木で出来た白い扉に見えた。
 私は意を決して扉の取っ手に手をかけ、グッと力を込めた。
 多少の抵抗を感じつつも、扉はギシ、と軋みながら手前に開いた。

 体がやっと通るくらい開けたところで、私はその体をその建物の中へ運んだ。
 後方から、では扉を閉めなさったら中を通って表を回ってこっちに来なされ、
 という老人の声を聞きつつ、ゆっくりとその扉を閉めた。

 内部は、礼拝堂だった。
 その説教壇であろうか、そこに私は立っていた。
 無人の、厳かな雰囲気と少しだけ湿っぽい空気を感じながら、壇を降り、テーブルと椅子の並ぶ室内を通り抜けて再び外に出た。

 まわりこんで、再び老人のいる、そして私の未来を指し示す扉のある場所へ戻ると、かの老人は気むつかしい顔をしてなにやら考え込んでいる。

「ううむ、これはいったい、なんと言えばいいのか、、、」

「いったいどうしたんですか」

 不安を解消するために来た私はさらに不安になりながら老人に尋ねた。

「いや、のう、扉がこんな摩訶不思議な色に変わったのは初めて見たから、、、どう解釈すればいいのか困ってしまっとるのだよ」

 見れば扉は、なんとも形容しがたい色になっていた。
 薄い青、それとも薄紫、とでもいえばいいのだろうか、表現すべき色彩の知識が私には見つからなかった。

「普段はな、人が通ればわりかしはっきりした色に変わるものなのだよ。たとえば赤に変ればその人にはもうすぐ意中の人が見つかるであろう、とか、黒に変れば危険が迫っているから注意しなされ、などと言ってきたのだが、、、ときにあなた、名はなんと申されるかな」

 唐突な質問に唖然としながらも私は、フジモトですけど、、、と答えた。

 老人は、得心がいった!という具合に手を打った。

「そうか、それではこの扉の意味はこうに違いない。あなたの名前に”藤”という色があるその通りに扉が色を変えたということは、あなたの家族が今後も繁栄するということなのだよ。うん、そうだ。よかったですな、まだまだこれから元気に過ごせますな。では、次の方どうぞ来なされ」

 振り返ると私の後ろには見知らぬ女性が立っていた。次に扉を通るのはこの女性なのだろう、
 がしかし何とか解釈をつけたかと思ったら追い出すような仕打ちに、私は少々あきれながらも別にお金を払って見てもらったわけでもないのだから、と思いなおして、家へと帰ることにした。
 
 ほんとうにその解釈でよかったのかな、と考えながら。



 九月もなかばになった夕刻の路上は、微妙に熱気を残しながらも確実に秋の訪れを告げている。
 聞こえてくるセミの声もまばらにツクツクホウシのそれが聞こえてくるのみ。

 私に未来はあるのか。そもそも未来に何が来ようとそれを甘んじて受けるしかないのではないか。
 過去は過ぎ去る。未来は瞬く間にやってきては現実を私に突きつけ、矢継ぎ早にそれもまた過去となる。
 「今」という刹那はそれを言葉にすることも叶わぬほどすばやく、一瞬のうちに消え去る夢幻なのだ、気に病むことのほうがどうかしている。
 
 これまで何度もそういい聞かせてきた考えを頭に浮かべ、ほんのわずかだけ気を取り直した私は家のある通りまでたどり着いた。
 そうそう、ここでつい2日前に車に轢かれかけたんだったな、あれ、この前まではなかったのに、ガードレールの片隅に花束が置いてあるぞ、誰か本当に亡くなったのかな。

 古いけれど一戸建ての我が家の前に、私をおびえさせるほどに吠え立てた野良犬が餌を求めてウロウロしていた。
 また吠えられる、、、そう思った私は一瞬逃げようかなとも思ったが、それよりもはやく犬のほうが私の気配に気づいたのかこちらを見た。
 そして、急に怯えるようにしっぽを巻くと、びくつきながらどこかへ逃げていった。

 ふふん、やっぱり私の運は上昇しているのだ、あの老人の行った解釈は正しかったのだな。

 意気揚々と玄関に向かう。妻がいるのだろうか、戸は開いていた。はて、おかしいな今時分は仕事に出かけているはずだがな、と訝りつつ中へ入る。

 ツーン、と喉を刺激する匂いがした。これはなんの香りだっけ。おーい、いるのかい、仕事はどうしたの、、、。いるであろう妻に呼びかけながら私は座敷へと足を運んだ。

 妻は、そこにいた。座り込んで、いやうずくまるといったほうがいいのか、そんな姿勢で独りうつむいている。

 「あなた、なぜ、、、」

 「なぜって、今日はちょっと散歩にいってくるって言ってただろう」

 私の返答にも妻は答えない。よく見るとなぜか黒い服を着ている。暑いだろうに。なんで泣いているの?なぜそんなに悲しそうな顔をしているの?




 「あなた、あなた、、、、なぜ死んでしまったの・・・」


 そうか。もやもやしていた記憶がいまようやく甦った。



 私は・・・・気づいてしまった。



 私は、死んでいたんだ・・・


 

 家の前の路上、そこで私は車に轢かれて死んだのだ。
 だから花束が置いてあったし、犬は私を見て逃げ出したのだ。私が、この世のものではないことに気づいたから。

 泣き崩れる妻の肩に手を置こうとしたが、手は彼女の体をすり抜けた。
 転んで膝をすりむいたのだけれど、最初痛くもなんともなかったのに、いざ傷口から流れる血を見た瞬間に刺すような痛みを感じるということがあるけれど、それと同じことなのだろう。死んだことに気づいた今、私の体はもう物体としてここに存在してはいないのだ。

 見回せば、座敷には今まさに葬儀を終えたばかりであろう祭壇と、白黒の垂れ幕、それに私の遺影が飾ってあった。
 遺影に近づいて自分の顔をまじまじと見ようとした。かっこいい写真を使ってくれたかな、などと思いながら。


 
 光の加減で写真はよく見えず、かわりにそれを覗き込む私の顔が、その顔色が見えた。



 それはあの、未来を見通す扉が映し出した、あの薄い蒼色だった。
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by telomerettaggg | 2006-12-15 20:04 | M-Rokkor40/2.0