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コバタさんちの一大事

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NEOPAN PRESTO400


 それはコバタさんちにとってはありえなかったほどの一大事でした。

 「いくらうちがタバコやだからって、こんないたずらしなくても」とコバタさんちのおじいちゃん。

 「まあまあ、でも表札みたいに見えていいんでないですか」とのんきなコバタさんちのおばあちゃん。

 いつの間にか表に掲げていた「タバコ」の看板の文字が、なんと、付け直されて「コバタ」になっていたのです。面倒くさかっただろうに、犯人はいったいなぜこんなことをしたのでしょう。おじいちゃんが朝早く起きだしてお店の前の道路を掃き清めているときに気づいたのです。あわててお茶を入れていたおばあちゃんを呼び出して、先ほどの会話。
 でも、よく見てみるとそれだけではありませんでした。タバコの自動販売機のタバコというタバコ、すべてがさかさまにひっくり返っていたのです。一晩のうちに誰がやったのでしょう。それにしてもこんな面倒くさい、しかも一見意味もなさそうな行為をして、何の得になるというのでしょうか。

 タバコや、とはいってもコバタさんのおうちはもう商売をやっていません。おばあちゃんも年を取ったし、おじいちゃんも、店番よりは町内会の囲碁会に出たり、若い頃にはいけなかった場所へ旅行するのが大忙し。つい先月も香川まで金毘羅さん参りをしてきたばかり。おいしい讃岐うどんをおばあちゃんと二人で食べておいしかったね~、よかったね~、と言いながら帰ってきたばかりでした。そんな二人でしたから、お店をやっていくのはもう無理だ、と思って、数年前に店じまいしてしまったのです。

 お店の前に残された一服用の木の椅子や、まだ残された自動販売機を見るたびに、もう少し続けていればよかったかな、と二人の心は少し痛んだのですが、お客さんもまばらな裏路地のこと、そういつまでもしがみついてやることもないな、と気を取り直して、毎日やりたいことをやって過ごす毎日だったのです。

 そんな中で起きた、いうなれば「みんな逆さま事件」でしたから、心当たりなどあろうはずもありません。

 「嫌がらせにきまっとる」おじいちゃんはそう決め付けていました。「たぶん年寄りだからと思ってこんなふざけた真似をして、物陰からうろたえるワシらを見てほくそえんでいるに違いない!」そういいながら辺りを見回すのですが、ずいぶん遠くのほうで子供たちが遊んでいるのが見えるだけで、周囲に怪しい人影すら見えないのでした。

 おばあちゃんは、楽天家です。気難しいところもあるおじいちゃんと、何十年も暮らしてきたのですから、ちょっとくらいのことではビクともしません。「きっと、うちの商売を続けて欲しい誰かが、気を惹きたくてやったことなのかもしれませんよ」

「そんなこといったって、もう二人とも商売を続ける年でもないだろう」おじいちゃんは、のんきなおばあちゃんの物言いに、やや毒気を抜かれたような口調でそう返します。「これで、誰か跡継ぎでもいてくれたら、こんな小さい店でも残してやれたのになあ」少し寂しそうなおじいちゃん。

 「まあまあ、そんなことを悔やんでも仕方ないですよ」といいつつ、いつものようにお店の、かつてはお店だった軒先の長椅子に腰掛けながら、お茶をたっぷり注いだ湯飲みをおじいちゃんに手渡して、二人で日向ぼっこするのです。

 暖かな朝のざわめきと、あたりで始まった人の起きだす気配を感じながら、おばあちゃんはしみじみというのです、「少しくらい人生にも張り合いがなけりゃ、楽しくありませんよね。ね、そうでしょう?」
 無言でうなずくおじいちゃんの顔もなぜかにこやか。おばあちゃんもニッコリ。

 そして、なぜかみんな逆さまになったタバコの看板やらを眺めながら、いたずらっぽく笑うおばあちゃん。


 季節はもうすぐ、夏。
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by telomerettaggg | 2007-05-14 04:39 | Planar50/1.4