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白いワンピースと魚

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 いつも思うことがあるんですよ。川や池に浮かび上がってくる魚を見ているとね、彼らはいったいどうして人目につくのを気にせずにいられるのかって。だって、見つかったら捕まるかもしれないんですよ。水の上にあげられたが最期、後は死ぬか一生水槽の中ですよ。

 そう水内先生に話しかけると、彼は黒縁のメガネをさもめんどくさそうに持ち上げながら、ボクの目を見て話すんです。暑いからじゃないの?そう言うと白衣の裾についたご飯粒を取りながら無意識に自分の口へ運んでいました。

 うわ~、関心なさそう。でもボクは中学校の教師とは思えないこの反応がけっこう好きで、あれこれ話しかけてはうざがられるのが日課みたいになってたんですよ、その頃は。
 でも、水内先生、少しでも興味を引く話をボクがすると、今度は目を輝かせてのめりこむように話の続きを聞きたがるんです。子供みたいでしょう?こんな性格が研究者向けなのかな、って思ってしまいます。

 そういえば、先生、ボクが子供のときに一度だけ溺れている人を発見したことがあるんですよ。すごく暑い日でね、近所の子供たちがいっせいに小川に入って水遊びしてたんですけど、急に誰かが、「おい!溺れてる子がいるぞ!」って叫んで気づいたんですよ。

 まずい、先生の目の輝きが変わってきた、と気づいたときにはもう遅かったです。水内先生、それでどうなったんだ?続きを聞かせろよ、とせっついてきます。もうこうなったら誰にも止められません。
 一度なんか理科の授業中に生徒の話を聞くのに夢中になって、その子の昼休みを潰して考え込んでしまったとかで(ボクは校庭で遊んでいたから知らないんですが)そのことで教頭先生に叱られたこともある、という逸話を持った先生のこと、今は放課後だからよかったものの、これじゃあしばらく帰れそうにはないようです。

 でもね、水内先生じゃなくても興味を惹かれる、不思議な話ではあったんですよ。
 その小川は本当に小さくて、川幅は3mくらい、深さだって小学生のボクの腰まであるかないかだったのを覚えているので、どんなに深く見積もっても80センチはなかったはずなんです。なんでそんな浅い所で溺れたんだと思います?逆立ちでもしてたとしか思えません。

 さっきも話しましたけど、その日は物凄く暑かったんですよ。暑くてたまらなくって、いつもみんなが水遊びをしているその小川へ行くことにしたんです。
 着いた時にはもうすでに何人も来ていました。ボクを含め男の子はみんな半ズボン姿で、シャツも脱ぎ捨てて水に入って遊んでいたんです。女の子も2~3人はいたかな、さすがに服を脱いでる子はいませんでしたけど、みんなジーンズとかスカートにTシャツという軽装だったんですね、全員合わせても10人くらいだったかな、あ、ボクも入れてですよ。

 そのあたりは全部田んぼだったんです。まあ、本当に田舎ですから。川はその田んぼのための用水路として使われてたみたいですね。
 川の横を道が平行していて、反対側にある、わりと最近出来た団地に渡るための橋がひとつだけあるだけでした。団地といってもまだ10数軒建っているだけで後は空き地、昼間はほとんど人気もないのでよく子供の遊び場になってたんですが、そのほかはず~と向こうまで田んぼだけですよ。

 川に入って眺めるとその橋の部分だけちょっとしたトンネルみたいになっていて、ボクはそのときそこから数メートル離れたところで背を向けて遊んでいたんです。
 
 そしたら突然、人が溺れてる!という声が挙がったんです。大声をあげたのはボクと向かい合わせに水を掛け合ってはしゃいでいたワタル君という同級生で、ボクも、その他の皆もびっくりして後ろを振り向きました。
 
 そしたら、なにか、白いものがぷかぷか浮いているのが見えました。そのときボクの後ろには誰もいなくて、その、白く浮かんでいるのは物ではなく女の子で、白く見えたのは、その子が着ているワンピースだったんです。

 次々に気づいたみんなが大声を上げ、女の子の悲鳴、あまりに予測できなかった事態で呆然としていたボクは、誰かに知らせなきゃ!と急に思いついて川をよじ登り、一番近くの家に駆け込んで呼び出しました。玄関を開けるとクーラーをつけているのか、冷気が家の中から流れてきて、ヒヤッとしたのを覚えています。呼び鈴を何度も押して出てきた人は、その家の奥さんだったのかな、30代くらいの、痩せてスラリとしたおばさんでしたが、こんなに涼しいのに髪の毛の先から汗のようなものが滴っていました。暑いわね~どうしたのそんなに慌てて?と尋ねるおばさんにボクは早口で起こったことを説明しました。

 これこれこういうことで、白い服を着た女の子が溺れています!と家のおばさんに言うと、その人は突然靴も履かずに川に駆けて行き、服か濡れるのも気にせず飛び込んでその女の子を引き上げました。
 これは、その子が救急車で運ばれた後に知ったのですが、たまたま駆け込んだ先が、溺れた子の家だったんです。川から一番近い家に走っただけなんですけど。おばさんは溺れた女の子の服装を聞いて、自分の娘だと気づいたんですね。大人の女の人があんな姿で走るのを見たのは、あとにも先にもあのときだけでした。

 トンネルの向こう側から流れてきたその子はうつ伏せだったので、おばさん(ああ、お母さんですよね)が助け出した時に顔を見たのですが、ボクと同じ年頃の女の子でした。ですが、その近所で見かけたことのない顔だ、と皆が口々に言うので、きっと引っ越してきたばかりだったのでしょうね。そういえば、おばさんの家はまだ建ったばかりの立派な豪邸でした。
 あとからその場に居合わせたものたち全員に、警察の人からの簡単な質問がありましたが、ボクは、その日よりも前にその女の子を見たことはありません、と答えました。皆も似たような返事をしたそうです。

 不思議なのは、誰もその子が水に入るところを見ていないって事なんです。10人からの子供がいっせいに遊んでいて、見知らぬ子が近くにやってきたら気づくはずです。ほら、このへんって田舎だから、知らない人がいたらすぐ判るじゃないですか。しかも、みんなすごくラフな格好してたのに、その子だけあの暑い中に白いワンピースですよ。どう考えたって変だと思いません?


 ここまで一気に話し終えると、先生は考え込むようにしながら一言、それで、その子はどうなったんだ?と聞いてきました。うちの母親達の噂話ですけど、救急車が到着したときにはすでに亡くなっていたそうですよ、そう言うと、先生はますます難しい顔をしていました。

 そういえばね、その事件があった後、その死んだ子の家族は引っ越してしまったんですよ。建てたばかりの家なのにいなくなるなんて変だね~って皆で話していたんです。そう付け加えると、先生はさらに真剣な顔をして、その団地はその橋を渡らないと入れないのか?その子の家には車があったか?と立て続けに聞いてきます。どちらの質問にも、はい、そうです。と答えると、


 一瞬、はぁ~っとため息をつくようにして先生は、そりゃ、その母親が殺したんだな。
 
 そう言うのでボクはびっくりしてしまいました。でも、先生の説明を聞くと、確かに筋は通っています。そういう理論で納得がいきます。そういう考え方をするか、あの先生はと思いつつ、もう夕焼けが見える校庭を横切りながら、家へと帰ったのをいまだに覚えています。




 それからのことです、川や池で暑い日に浮上してくる魚を見ると、あのときの、白いワンピースを着た女の子のことを思い出して、今でも胸が痛くなるのです。









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 まずな、ちょっとタバコを吸わせろ・・・すまんな、どうしてもこれがないと話がまとまらんのだわ。

 ふう~(タバコの煙を吐き出しながら)お前の話が間違ってないとすると、いろいろおかしい点があるよな。お前も話しているけれど、まず、その子が溺れているところを誰も見ていないこと。水に入っているところすら気づかないってことはないだろう。ずっと離れた場所で水に入って遊んでいたのかも、って?そりゃないだろう、大体、ワンピース姿で水遊びする子なんて聞いたこともないからな。それに、腰までしかないような浅瀬で、発作でも起こしたんでない限り溺れることはまず考えられん。
 
 それから、その家なんだけどな、玄関にまで流れてくるような冷気なら、よっぽど強力にクーラーをつけていたはずなのに、なんでその母親は汗をかいていたんだ?冷房のきいた部屋で運動するやつもいないよな。

 ここからは全部俺の想像だけどな、多分その母親はなにかの理由で娘を殺してしまったんだよ。で、あせった。このままだと自分が犯人だとすぐばれてしまう。どこかに車で運ぼうと思った、がすぐ目の前の川では子供が大勢遊んでいて、自分がどこかへ行った事がすぐばれてしまうに違いない。とりあえずクーラーを入れて娘の体を冷やして、死んだ時間をごまかそうと思ったのかもしれないな。
 でも、ふと気づいた、今の法医学では冷房をかけて死体の腐敗を少し伸ばしたところで、死亡推定時間をかなり正確にに割り出せる、ということをテレビか何かで見ていて思い出したのかもしれん。

 それで、川で溺れたことにしよう、と思いついたんだな。子供達に見えないように裏口から娘を運び出して、団地の中を抜けて畑を走った。他の家のものに見られる危険はあったが、ほとんど人気がないことを考えての賭けだったのかもしれない。もしくは、団地の端までは車で運び、そこから畑を抜けたのかもしれない、多分このほうが正解に近いだろう。

 娘を川に入れると、後は流れに乗ってお前達のほうへ行ってしまう。そこであとは急いでもときた道を走り、家に帰った。

 おそらく、娘を見つけた子供達は助けを求めて一番近い自分の家に来るだろうと予測していた。それはばっちり当たったわけだ。
 でも、誤算があった。川の流れが思ったよりも早くて、母親が家に着くのとほぼ同時に、お前達がその子を見つけてしまったんだよ。母親が汗をかいていたのは、畑の向こうから走ってきたからだったからなんだな。

 でも、まあ、一応は上手くいった。救急車に乗った時点で娘は死んでいた。これで何とか隠しおおせた、と安心したのかもしれないが、死亡推定時刻のことまで考える余裕があるんなら、もう少し頭を使えばよかったんだ。母親がどうやって殺したのかは知らないが、司法解剖すれば死因なんてすぐに特定できるんだ。肺の中に川の水が入っていないこともすぐにわかってしまう。

 めでたく犯人逮捕、その結果、近所にいられなくなった残りの家族は引っ越してしまった。
 と、こういうことだな。ふん、つまらない問題だったぜ。



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 そのとき、先生の答えを聞いたボクは、おお~、なるほど、と半ば感心しながら、でも、後の半分は失望と落胆で心の中は二つに分かたれていました。



 ボクは中学校を卒業し、無事に高校、大学と進学して、平凡ながらも一会社員として働く日々を送るようになりました。自分でこういうのもなんですが、後輩や下の者たちの面倒見がいい先輩として、わりと社交的な性格だと周りには思ってもらえているようです。

 そんなある日、水内先生から一通の封書が届きました。筆不精な先生からの手紙など初めてのことだったので、ボクはいそいそと手紙の封を切りました。そこには、前置きもなにもなく、ただ

 「川で溺れた女の子を見たときは2度目だったんだな」 とだけ書かれていました。

 そうか、やっぱり先生は知っていたんだ。

 
 だって、その女の子を殺したのは、ボクだから。



 その日、暑さに負けて小川で遊ぼうと思いつき、川沿いの道を歩いて行く途中、いかにも田舎には場違いな、白いワンピースを着た女の子が、一人で所在なさげに川のほとりを歩いているのが見えました。パッと見て、その子がこのあたりでは見かけない子であることに気づきました。彼女は舗装された道と、川の間にあるほんの少しの雑草の上を、あたかもそこが平均台の上であるかのように手を横に広げながら歩いていました。
 女の子はボクを見るとなにか話しかけたそうな顔をしていました、ですが、ボクは知らないやつだな、それもワンピースだなんて、どこのお嬢様だ?といささか不快になり、声もかけずに仲間のところへ急いだんです。

 ほんの少し、さびしそうな顔をした女の子のことが頭をよぎりましたが、すぐに忘れてしまいました。


 女の子が川を流れてきたのは、ボクが皆と遊びだしてからすぐのことでした。多分きっと、足を滑らせて川に落ちたのでしょう。もしかすると落ちた時に頭を打つかなにかして意識をなくしてしまったのかもしれません。

 助けを求めて駆け込んだのが、その子の家だったのは本当に偶然でした。お母さんがクーラーの効いた部屋で汗をかいていたように見えたのは、きっとシャワーを浴びた直後だったからだと思います。だって、頭にはタオルを巻いていましたから。
 事件の後、引っ越してしまったのは、きっと娘が死んでしまったことを悲嘆して、同じ土地に住みつづけることが出来なかったからではないでしょうか。

 女の子と出会ったときのことを今でも悔やんでいます。あの時、妙な意地悪をせずに声をかけて、みんなと遊ぼうよ、と言っていれば、あんなことにはならなかったのだ、そう考えると、あれはボクが殺してしまったようなものなんです。
 
 それからのボクは、絶対誰に対しても優しく振舞おう、と固く心に誓ったのです。
 冷たい態度を取って誰かを失望させることなど、もう二度としたくありませんでした。いまだに忘れられない、白いワンピースを着た女の子の寂しそうな顔を、もう見たくないと思ったのです。


 先生は気づいていたんだ。
 ボクがあの事件の後、警察官の質問に対して、その日よりも前にその女の子を見たことはありません、と答えたのは精一杯の真実だったからです。ボクは先生のよこした手紙とのとおり、それより以前にその女の子を見たことはありませんでしたが、「その日」には川で溺れる前の彼女を見ていたのです。
 通報に駆け込んだお母さんの髪の毛の先から汗のようなものが滴っていた、とは言いましたが、頭全体が濡れていた、とは言うことが出来ませんでした。母親の頭にはタオルが巻かれていたのですから。
 ぎりぎりの所で嘘はついていませんでしたが、あえて言わなかった真実まで、先生は把握していたのでしょう。それはもしかすると、ボクがあの出来事を「事故」ではなく「事件」と言っていたからなのかもしれません。法的追求を受けるような罪ではなかったかもしれませんが、ボクにとってあれは背負うべき咎であったことは間違いありません。


 ようやくあのときの先生が難しい顔をしていたのがわかりました。
 


 ボクが話さなかったことの裏側まで掴んでいながらあえてそこには触れず、わざと間違った推理をボクに聞かせるために苦心していたのでしょう。そうすることで、ボクに責任はなかったんだ、ということを伝えたかったのもしれません。あるいは、先生はボクがその子を殺してしまったと勘違いして、事故として処理されたことを蒸し返す必要もない、と考えたのかもしれません。
 だって、ボクがあの事件以前に女の子と出会ったこと、その子が川に落ちたところを見た人は、誰もいなかったのですから。

 あれがボクの犯した殺人事件であるのなら、時効になる今、あれから10数年経った今になって先生からの手紙が届いたことを考えると、どうもそういう気がしてならないのです。



 なぜなら、水内先生に話しているあいだ中、ボクの声も、握り締めた手も、ずっと震えていたのですから。

 




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この話はもちろんフィクションです。
特定のモデルや作者の実体験とはほとんど関係がありません。
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by telomerettaggg | 2007-07-02 02:38 | Nikkor 50/1.4 Ai-s