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夢うつつ

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 体中の関節がきしんでいる。
 お腹付近の肌をそっと撫でると、妙な違和感がある。咳をしすぎたからだろうか。まだ頭がぼうっとする。

 治りかけのときのこのけだるさがいい。外は雨が降っている。それを耳に捕らえながら布団に横になって、あれこれ空想する時間が心地よかったりもする。そのうちそれが空想なのか、夢で見ていることなのか判らなくなってくる。


 高熱を出したときだけ、見る夢がある。それは決まって熱に浮かされている時にしか見ないので、目が覚めたときにはぼんやりとしか覚えていないのだけれど、またしばらくたって、それは数ヶ月だったり数年後だったりするのだが、同じ夢を見たとき「あ、この夢は前にも見たことがある」と思い当たるのだ。


 そのときの私は、地上3mくらいのところをふわふわと浮かんでいる。
 浮かびながら、自分の背中を斜め上から見ている。歩いてく「私」は、商店街の雑踏の中をふらふらと、迷子になった子供のように行きつ戻りつなにかを探している。
 ふいに、「私」はなにかを発見したかのように一目散に走り出し、見ている私のほうは走っていく「私」の姿が人ごみに紛れ、ついには見逃してしまう。
 常に「私」の背中しか見ていないので、いったいどんな表情をしているのかは伺えないのだけれど、走り出した「私」の肩は、背中は、喜び勇んでいるように感じられた。


 浮遊している私の意識はそこからぽんと空に駆け上がり、上空を水平移動したのち、急激に自由落下していく。なにか見覚えのある建物が見えてきたな、と思いはじめると同時に、この景色は前にも夢で見たことがあるな、ということに気づく。いつもそうなのだ。

 それは、まだ建てかえられる前の祖父母の家だ。戦後まもなくの復興とともにこの町へ引っ越してきたその家はとても古くて、中庭にはとても小さな池と、そこで飼われている亀と鴨がいて、二匹に餌をやる祖父の姿が見える。
 祖母の姿はどこだろう、母親はどこにいるの、そう探し回っているのだが、なかなか見つからない。
 そうこうしているうちに視線はだんだん上へと登っていき、布団の上で目を覚ましてしまうのだ。

 一度だけ、この後半部分の夢を覚えていたことがあり、内容を母親に話したことがある。古い祖父母の家の間取りだとか、飼われていた亀や鴨の話を事細かに話すと、母親は、たしかに自分の実家はそういう家だったという。
 でも、私が生まれた頃には、とうにその家は取り壊されて、新しい家になっていたのよ、と聞かされた。たしかに、私自身が実際に知っている家は、新しいほうだけだ。
 なぜあなたがそれを知ってるんでしょうね。そう、母親は不思議そうな顔をして首をかしげた。


 母親のいぶかしげな顔を見上げながら、ここで本当に目が覚めた。
 
 
 どこまでが真実で、どこまでが妄想なのか、それはいまだに私にもわからない。





 
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by telomerettaggg | 2007-10-26 16:14 | SMENA8M