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words are vain

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nagoya/aichi


 写真に文章は必要か、という議論は各所で数限りなく行われてきたことなので、あえてどうこう言うつもりは全くありません。必要だ、と思う人は付ければいいですし、自分で納得していることならそれでいいことでしょう。

 そうやって、あなたは自分の考えを押し付けるのですか?と言われたら、そうかもしれない、と答えるしかありません。これはけして投げやりになっているわけではないのです。むしろ、言葉にそれほどの力がないから、少なくとも私はそう思っているからにほかなりません。

 
 夜の町並み。
 木々は電飾で装い、その下を車が通過していきます。


 上の写真にこういった一文があったとします。
 単なる説明文ですが、そこにもう書き手の意思が入っています。
 絵を見れば一目瞭然でも、言葉でそれを表現するには、まず木々のことを書き、それから車のこと、といった具合に、順に表記していくしかないわけです。視覚的には同時に入ってくるはずの情報も、言葉はそれを一元に絞り込んでしまうため、そこにはなんらかの意図や書き手の思いが入ってくることは否めないのです。それが無意識であろうと、です。

 結果として写真につけられた文章を読むとき、それに誘導される形で解釈してしまうといったことも起こりえるわけですが、それでも写真に文章をつけてしまうのは、写真でしか表現できないことがあるのと同じように、言葉でしか伝えられないことがあるからです。
 そして写真と言葉、これらを同列に置こうとすること自体が間違っているのかもしれませんが、あえてそうしたい、という気持ちが強くあります。

 なぜなら、言葉は儚いから。





 
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by telomerettaggg | 2008-02-23 03:50 | Nikkor50/f1.2 Ai-s