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ゆらいだ?

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 見えない「ゆらぎ」が自身のなかにあって、「風」が吹くとその揺れ幅が広くなるよう。
 現象としてはみえないものでも、ああ、いま自分は揺らいでいるな、と感じることで「風」の存在を知る。
 そのくらいあやふやなものに感情が支配されていることに驚くとともに、所詮誤差の範囲内であって、大局に影響を与えるものではないことも理解する。
 「大風」で根元から倒れたらそんなこと言っていられないって?
 もういいんだ、種は撒き散らしたから。
 怖いのは内部から腐っていくことで、それがどうしようもなく自分を責め苛むのだけれど、腐敗の要因は外部からやってくるのだから、気にすることもない。目を背けなければいい。










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 半年以上続けていた英語のタイトルでしたが、そろそろ元に戻します。
 やはり、慣れ親しんだ言語は日本語なので、そっちのほうがしっくりくる気がするのです。

 なかにはタイトル不要論を掲げる方もいるし、そもそも写真はそれ単体で表現(勝負)するべきだ、という意見もあるようですが、ブログシステム上何らかのタイトルをつけないわけにはいきません。
 見る側に先入観を与えるのも与えないのも、作者の自由であって、それこそ押し付けてあげます、ええ、ゴリゴリと。
 ちなみに私は、他の方が撮った写真を見るとき、タイトルよりも写真そのものに目が向きます。惹きつけられるものがあれば、自然とそうなります。一人で勝手に写真から浮かぶ物語を空想してから、最後にタイトルを見ます。こんな題名だったのか、と。

 見るのも、見ないのも、自由です。
 そもそも、写真は他者と比べるための道具ではないし、勝った負けたをうんぬんするものでもありません。
 自分の中にあるものが各自集約されて、そこから引き出されたものが写真で、その写真からまた新たな思考が派生していく。これが私の中に占める写真の位置であり、役割です。だから、写真に自分の思うタイトルをつけますし、これでもか、というくらいの物語を書きます。
 だからこのブログは「写真サイト」ではありません。どこにも一言も書いていません。
 
 写真が好きで、カメラが好きで、文章を書くのが好きな人間のサイトです。
 ただ、それだけのことです。

 ちなみに、fotologueのほうは、タイトルをつけたりつけなかったりしています。
 私の中の「ゆらぎ」です。






  
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by telomerettaggg | 2008-06-14 12:16 | RICOH caplio R5