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記憶の記録の威力

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 記憶とはなんと曖昧で朦朧としたものなのか。
 フィルムかデジタルか、といえばデジタルそのものの記録方式で脳は記憶している。事実とは裏腹に、こうであったらいいのに、こんな過去はなくなればいいのに、と願う方向へと改ざんしてしまうことなどしょっちゅうなのだ。
 写真が記憶の手助けをしてくれる、とはよく言われる。たしかにある意味ではそうだ。一枚の写真を見て、そこから、そのときになにをしていたのか、どんなことを考えていたのか、思い出すことが出来る。
 上の写真を撮ったとき。今からほんの2年前のこと。
 短い夏休みを利用して、バイクで旅に出たときのこと。あいかわらずの無計画で、どのルートが走りやすいかも知らず、天城越えをしてしまったこと。休むタイミングを失って走り続け、数時間の仮眠ののち、未明の国道を走り続けたこと。

 突然バイクのエンジンが甲高い悲鳴をあげ、その場に止まってしまったこと。バイク屋が開いている時間であるはずもなく、営業中のコンビニや喫茶店もなく、途方にくれて、ただの金属の塊と化したバイクにまたがり、夜明けを待ったこと。猛スピードで走り抜けるトラックに向かってシャッタを切ったこと。
 蘇る記憶の列に巻き込まれて、その前の年に走ったことまで思い出したりもした。

 たぶん今もまだ実家に残っている一枚の写真には、幼いころの自分と弟が一緒に写ったものがある。
 写真の中では、ふたりともそれぞれ別の球団の野球帽をかぶっている。
 「そういえば、子供の頃は○○が好きだったよな?」と、今は違うチームが贔屓になった大人の弟に話しかけると、そんなことはない、ずっと昔からこの球団が好きだ、と言い張る。おそらく彼は、昔に撮った写真のことなどすっかり忘れているに違いない。そう思い、ほら、これを見てみなよ、と促しても、これは親が買ってくれたもので、別に好きだったわけじゃない、その頃から同じチームが好きだったんだ、とあくまで主張するのである。
 弟の中では、ファンを乗り換える、ということは自らの沽券に関わる問題だったのかもしれない。そのためか、自分の記憶すらも捻じ曲げている。

 あのね、弟よ、君がずっと好きだという地元球団は、子供の頃は「南海ホークス」という別の球団だったんだよ。





 
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by telomerettaggg | 2008-10-04 19:54 | CANON LENS 50/1.4