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カテゴリ:Nikkor35-70/3.3-4.5( 9 )

3つの選択肢

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 世の中の人間は2つに分けられる、みたいな表現をたまに見かける。
 「写真を撮る人間と撮らない人間」であったり、極端な例だと「俺とそれ以外」だったり。
 でも実は、たった二つの選択肢だけで世の中は成り立っているわけではないことに気づく。
 当然、すべてが2元化されたように表現上見せかけているだけのまやかしで、そんな修辞法を使う当の本人でさえ、そうではないことなど判っているはずなのだ。

 でもあえて、それに似たレトリックを使ってみると、人は3つに分けられる。
 「光に向かって進んでいる人」
 夢も希望も目標も、すべては輝かしい展望は、今現在から未来にかけて広がっている。たとえ、今はつらい状況でも、先に望みがある限り、あきらめることはないし、そのための努力も惜しまない。後ろには自分の体で出来た影があり、そこを振り返って懐かしむことはあっても、戻りたいとは思わないのだろう。

 「闇に向かって進んでいる人」
 もしかすると背中に光が当たっていることには気づいているのかもしれない。だがしかし、先のことに何の望みもない人にとって、それはただの眩しい光源でしかなく、たまに振り返っても、手でさえぎってしまう。歩くことすら放棄しているのかもしれず、そこにはなんの生産性もない。自分のやってることはこれでいいのか?と自問し、苦悩し、思考は絶えず自己嫌悪と逃避に陥る。完全に闇の中にこもる=社会性を捨てる、ということなど不可能であることに気づき、それでもいいや、と割り切ってみたり、これではいけないのかも、と揺れ動く。

 「右は光、左は闇」
 特に何の努力もしていない。生きることを放棄するでもなく、かといって自分から進んで何かをしようともしない。自覚していないが、細い平均台の上をふらふらと歩いて、届くところに光があればそれをつかめるかも、と安易な期待はするものの、台を降りて行く事まではしないのだ。自分の狭い価値観の中でふらついているだけなので、安易なほうへと進み、闇にまとわりつかれている。

 意図しない選択肢は、様々な場所に隠されていて、それを僕たちは無意識のうちに選び取っている。世界を狭めるのも広げるのも、ほんのわずかなきっかけと考え方の変更で圧倒的なパラダイムシフトを経験できるのに。

 僕はどの道を進む人がいようと、それを否定したりするつもりはないし、ましてやそれをもって誰かを卑下するつもりもない。ただそれは厳然とした事実であって、ほんの少しわかったつもりになっているただのもの知らずでしかない。光のほうへむかっているように思っているのは幻想で、本当は自分の顔へ向けて、手に持ったライトを当てて得意げになっているだけかもしれないのだから。

 わかっているのは、光はちゃんと存在しており、たとえまやかしであろうと、そこへ行く、という確かな自分の決意がある、ということ。





 
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by telomerettaggg | 2009-07-08 18:19 | Nikkor35-70/3.3-4.5

七夕

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 「ねえ、今日はどこにもいかないの?」
 少しけだるそうな口調で彼女は尋ねる。
 震える指でタバコをふかしながら、そういえば今夜は七夕だったな、と思い出す。
 「べつに、どこにも行くつもりはないよ」と、無理にそっけなく答えて彼女の反応をうかがう。やはり不満そうだ。
 「あたしの浴衣姿見たくないのぉ?」
 それは見たい。けれど、七夕にはあまりいい思い出がない。夜店を歩いていて不良に絡まれたり(俺は喧嘩がからきし弱い)痴漢に間違われたり、走ってきた子供が狙いを定めたように手に持ったわたあめごと俺の胸に飛び込んできたり、毎回散々な目に遭っている。
 「どこか人のいない場所ならいいんだけど」こんな日はどこだって人ごみで溢れかえっているはず、そう予測して答えてみる。
 「ああ、それならうちのマンションの屋上で花火を見に行こうよ」
 乗り気な彼女の熱意に押されて、出かけることになった。

 ところで、部屋から屋上に上がるだけの行為は、外出といえるのだろうか。

 ビールや食べ物を買出しに出かけた先で、数々のイベントが待ち構えていることを、俺はまだ予測しきれていなかった。





 
 
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by telomerettaggg | 2008-07-07 18:37 | Nikkor35-70/3.3-4.5

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 Firefox3をインストールしました。これまで使っていた2に比べてレンダリングスピードが桁違いに早いんです。まるでCPUを載せかえたような錯覚に。





 
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by telomerettaggg | 2008-07-03 18:30 | Nikkor35-70/3.3-4.5

見知らぬ人々が横切るさま~2~

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by telomerettaggg | 2008-07-03 13:45 | Nikkor35-70/3.3-4.5

見知らぬ人々が横切るさま

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by telomerettaggg | 2008-07-03 01:40 | Nikkor35-70/3.3-4.5

是清

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 今の町に住み始めて早5年、名前は知っているんですが、どんなお菓子かまだ食べたことがないんです。
 ホワイト餃子も食べてみたいなあ。





 
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by telomerettaggg | 2008-07-01 00:10 | Nikkor35-70/3.3-4.5

ゆらう

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 影の中で樹は揺れ動いていた。
 どこかしこかで伝わる風のゆらう様は、まさしくその頭上まで伸び、針の一本にいたるまで微細な振動をもたらしている。尖り、突き刺さり、そして、ゆらう。
 自縄自縛するような、どこか、はたから見ればいやいやをするような身もだえに、必至になってそれを押さえ込もうとしたけれど、樹の蠕動は収まることを知らず、共鳴かはたまた同期か、ますますそのうねりは大きくなっていく。
 こらえきれない、そう感じて飛び跳ねた直後、樹はその根を自ら引き抜き、歩き始めた。
 限界まで揺らし続けたその幹には、無数の亀裂が走り、その腕の葉はことごとく地に舞い落ちている。そうまでしてその場所から、ここではないどこかへ向かいたかったというのか。
 
 自分の足で歩くことの出来る人には、わからない、彼らの感情。





 
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by telomerettaggg | 2008-06-28 16:59 | Nikkor35-70/3.3-4.5

ずれ込んでいくパズル

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 なるべく明るいレンズを、そのためなら少しくらい重くなっても構わない、というのが少し前まであったのですが、腰を痛めてからというもの、今度は、できるだけ軽い機材にしなければ撮り歩くことができなくなり、いろいろと変更を余儀なくされています。
 といっても、買い足すほど経済事情に余裕があるわけでもなく、Nikkor50mmf1.2 Ai-sを処分して新たにレンズを買うことに。今日の写真はその新しい中古レンズです。表現がおかしい気もしますが、ほとんど初めてのズームレンズです。
 本当はこれ、買うつもりはなかったのですが、一眼レフカメラはF3のみ、レンズも売り払った一本のみで、このままでは撮影ができなくなるので、売ったお店でいろいろと物色することにしました。が、思うようにいい物が見つからず、まあ、これでいいか、となかば妥協して手に入れたものなんです。

 AFレンズですが、F3に装着できますし、いいんじゃないの、と思っていたんですが、あの明るくて見やすいスクリーンがやけにざらついて見えるのが気になって仕方ありません。
 やはり、単焦点レンズが必要だな、そう考えて地元のカメラ屋さんに足を運んで、ちょうどいいニッコールオートレンズを見つけました。こうなると、AF nikkorは必要ではなくなるのですが、そのときふとショーウインドウに並んでいたのが、操作性の悪さでは名高い、F70Dでした。裏ぶたが加水分解してベタベタになることでも有名なカメラですが、そのせいで、性能はいいのに安く売られていて、つい買ってしまいました。

 確かに操作はしにくいです。全ての操作がワンアクションではできず、なぜかフォーカススポットだけ特等席に設けられているという、妙なカメラですが、軽くて持ちやすくて、なかなかいい感じなので、暫く使ってみようかな、と思います。レンズとあわせても7000円なので、いつ壊れても惜しくないですし。ブンブン振りまわして使い倒します。


※F3に装着できます、と聞いて手に入れたnikkor autoですが、実は絞り込み測光しか出来ないことに気づいたのは、帰ってからでした。NDフィルタに開放オンリィで使う所存です。





 
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by telomerettaggg | 2008-06-25 23:03 | Nikkor35-70/3.3-4.5

僕の右手を知りませんか?

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 目が覚めると、僕の右手がいなくなっていた。

 寝ぼけ眼で左手に「右手はどこにいったか知らないか?」と尋ねると、左手はまぶしそうに電灯の明かりをさえぎりながら「知らない」と答えた。
 右目に「右手はどこに行ったかか知ってるか?」と聞いても「昨日は朝まで飲みに出かけていたから知らない」と答えた。左目は「寝ていたから知らない」だそうだ。
 玄関を開けて外を見回してみる。どこにも右手は見当たらない。
 ベランダであくびをしている猫に「僕の右手がどこに行ったか知りませんか?」と尋ねると、猫はごろんと仰向けになって、「カラスに聞いてみたら」と答えた。カラスはどこにいるのだろう。そう重ねて聞いたら「尋ねてばかりじゃなく、自分で探すことを覚えたらどう」とつれない返事。
 「それよりも早くご飯をおくれよ」とせがむ猫の声を聞きながら、僕は右手を捜しに外へと出かけた。
 カラスがどこかへ連れて行ってしまったのだろうか。それとも、僕がいやになって飛び出して、悪い人たちの仲間になってしまったのだろうか。電線の上や、屋根の上も探したけれど、見つからない。僕は苦しくなって、頭を掻き毟ろうとしたけれど、右手がいないと、そんな簡単に思える仕草さえできないことに気づいた。
 昨日まで、何も考えずに右手をこき使ってきたことを思うと、愛想つかされても仕方ないか、と思った。
 

 僕の右手を、知りませんか?





 

 
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by telomerettaggg | 2008-06-24 16:59 | Nikkor35-70/3.3-4.5