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逆ドロップ

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 小説でもアニメでもいいが、夢オチという結末のつけ方は大概ブーイングを食らうものだ。
 たいていの謎についての説明がそれでついてしまうし、どんな終わり方にでもできるから、見ているものにとっては納得がいかない、ということなのかもしれない。そういう作品の中には、伏線の回収すらできていないものもある。

 ただ、物語を筋の通った、万人が納得できるものにすれば、それがイコール、リアリティのある話になる、というわけではない。普段生活していて、あれはいったいなんだったんだろう、そう思ったことがあったとしても、必ずしも腑に落ちる答えが準備されているわけでもない。
 謎を謎のままにしている者のほうが多いのではないか。いちいち気にしていたら暮らしていけない、という理由もあるだろう。何も考えずにそういうものだから、と勝手に納得している場合もあるだろう。

 最初から最後まで夢の中だけで終わり、オチも結末も納得する展開もない物語というのはどうだろう。
 そんな作品を書いてみたらどうだろう。全く人気が出ないだろうな。

 夢の中の非現実感。
 現実ではとんでもないことでも、そこではなぜか既成の事実として取り扱われていることがある。
 自分は夢を見ている、と夢の中で自覚しているときもある。
 または、夢から覚めた、という夢をみている場合もある。
 どこからどこまでが夢で、どこからが現実なのか、境界が曖昧な、ややもするとSFやファンタジーにすらなりうる物語。





 
 
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by telomerettaggg | 2009-02-26 17:31 | FA43/f1.9 Limited

君は美しい



どんな文章にも後ろにつけるだけで名文になる言葉。



僕は不器用だ。君は美しい


僕は買い物に出かける。君は美しい


朝、目を覚ました。君は美しい


今日は納豆チャーハンだ。君は美しい。






特に意味はありません。








 
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by telomerettaggg | 2009-02-24 04:46

またつまらぬものをとってしまった

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 「名は良い油に、死ぬ日は生まれる日に勝る。」(伝道の書7:1)

 キリスト教徒でも何でもありませんが、この言葉は好きです。
 とりたくなくてもとってしまうのが歳ですが、すごくだらないことでも、経験は経験。生まれた日を祝うよりも、死ぬときに積み重なったその人の人生は、それよりもっと素晴らしいもの。

 生まれる日は選ぶことができませんが、死ぬ日はある程度自分で選べるのもいいですね。あまりその自由は今の日本ではないようですけど。


 まあ、そんなことを書きつつ、だらだらと生きてしまうのでしょう。
 それはそれで、また楽しいのかもしれません。
 せめて死ぬときは椿のようにバッサリと逝きたいものですが。



 なにはともあれ、昨日で37歳になりました。
 ようやくまともになってきたような気もしますが、過去最低の誕生日だったことには違いありません。
 はやく、笑って「あの時はまったくひどいもんだったよ」と言えるようになりたいものです。

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by telomerettaggg | 2009-02-23 12:14 | FA43/f1.9 Limited

無題

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by telomerettaggg | 2009-02-22 09:48 | smc TAKUMAR 28/3.5

無題ルイガノ

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by telomerettaggg | 2009-02-21 17:05 | FA43/f1.9 Limited

殴り書きのような思いつきのメモ



 上手そうに見える物語を書くのは、じつはそんなに難しいことではない。
 組み立て方と、いかにも頭のよさそうに見える言葉の言い回しを使えばいい。
 同じことを、少なくとも3つの表現で書く。例えば、「泣いた」という文章ならば、
 
※俯いてこちらからは見えないように涙を流した。
※目からなにか汗のようなものが流れている。
※太陽を眺め、眩しそうに目を細めてごまかした。

 語彙というものは、本を読んでいれば自然と身につくもので、学ぶほどのものでもない。


 展開は急転直下に転がるほうが人目を惹く。

 「もう、いったいなんだっていうのよ!」
 彼女が突然怒り出したのには、きっと僕が起こしてしまったある事件のせいだと思う。

 こんな書き出しでもいい。
 話し言葉から始めると、なぜか新鮮に感じるらしい。

 本当は、結末にどんでん返しがあればいい。最初から終わりの場面を考えておき、そこまで話をいかにうまく持っていくかだけだ。話の途中に伏線を盛り込んでおき、それを最後に回収するのもアイディアだ。
 
 できるだけ、とんでもない終わり方を考える。
 「彼は、草だった」

 なにを、どうすれば彼が草になるのか、それを思いつきさえすればいいのだ。
 狂った女の病院での妄想だった、ということでもいい。
 SFチックに、地球ではないどこかの話だったということにしてもいい。

 適当に抜き出した単語、できるだけ無関係なものを無理に組み合わせて話を作るのもいい。

 「ピザ」「東大寺南大門」「三毛猫」 門の下に住み着いている猫の模様はピザのトッピングにそっくりだ。名前もそのまま「ピザ」だ。仏様の話を聞いていろんな問題を解決する推理小説。

 「小麦粉」「ミシン」「ナマケモノ」覚醒剤を密輸するため、ナマケモノにミシンの使い方を教え込み、小麦粉を使って袋に入れさせようとする馬鹿な男の話。

 一番馬鹿なのはこんなことを思いつく俺の頭だと思った人。正解。




 
 
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by telomerettaggg | 2009-02-17 00:35

無題

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by telomerettaggg | 2009-02-14 04:15 | M-Rokkor40/2.0

はてしなくつづくゆらぎ


今日も写真はなしで。

 というか、まったく写真を撮っていません。いろいろとゴタゴタしていたこともありますが、それは撮っていないことの説明にはならないです。去年の7月からここまでで、撮影したのはわずかフィルム3本。撮ったうちにも入らない。
 当然というか予想通りというか、現像したフィルムの出来は散々たるものでした。写真勘というのでしょうか、撮っていなければあっというまにさび付いてしまうもののようです。車や自転車の運転もそうですが、根本的な動作は忘れていないものの、どう操ればうまくいくのか、大事な部分がすっぽ抜けてしまったよう。


 精一杯努力して、けっこういい感じに回復してきたな、と思うと、何かの拍子に、本当にほんのわずかのきっかけともいえないようなもので、土台から崩れていく感覚があります。
 このあたりのニュアンスは、なかなか体験した人でも理解しがたいものですし、当然他人の悩みをすべて理解することなど出来ないように、自分の中に鬱屈した衝動のようなものが、他者に理解されることもないとわかっています。

 不思議なもので、こうしてゆらゆら揺れている状態にあっても、ある一瞬は笑うことも出来ます。今は、普段あまり見ないバラエティ番組、それも普段のボクならまず見向きもしないほど馬鹿馬鹿しい番組をぼんやりと見ながら、それでも「くだらねえ~」と言いつつ笑っているのです。
 まるで、「日曜日よりの使者」を作ったときの甲本ヒロトの心境のようです。


 ニヒリストを気取るつもりもないのですが、所詮はみな他人同士、根本的な部分で分かり合うことなど出来ないと思っています。苦しさを吐露して(本人にそのつもりはないにしても)気安く「うん、わかるよ、そういうの」などと言われるのが一番腹が立ちます。
 
 ただ、判らないからこそ、誰かを理解したいと思うわけで、その気持ちがなければ人とかかわることも出来なくなってしまいます。こうして、文章にしてそのことを外部に発信できること自体がすでに回復傾向になるのだろうな、と自己分析していますが、自分でも自分のことがよくわかりません。
 崖っぷちに立って、向こう側に落ちるか、こちらに戻ってくるか、バランスの行方は、自分の中の問題でもありますが、自分のことを理解したい、と願っている人がいるかどうかなのだと思います。
 そして、自分には、たとえそれが幻想に過ぎないとしても、そうやって願ってくれる人がいることを知っているので、どうにか踏みとどまれてるのだろうなあ、と。
 





 
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by telomerettaggg | 2009-02-05 19:38