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ゼロの季節

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 生ぬるい言葉を吐き出しては、ため息をつく。
どうしてもなじめない歌や流行があるように、現実に付き従う隙をもらえなかった。行きたくはなかった旅行で、列車に乗り遅れたら、こんな微妙な感覚に襲われるのかもしれない。
 まさか、こんな、頭上から光を発しながら暮らす日々が訪れるとは、夢にも考えていなかった。
だがしかし、現実にこうなっているということは、誰かがそうなって欲しいと熱望し、それに従う人がいた、ということになる。
大半の人は現実を愚痴る、誰も望んでいない状態になるのが社会の常である、と言ってしまえばそれまでなのだが。
腹立ち紛れに、
「人でも殺したい気分だ」
と言うと彼女は
「殺せばいいんじゃない」
とこともなげに答える。ファミリーレストランでハンバーグを頬ばる彼女の頭の上には、赤い光で数字の(1)が浮かんでいる。つまり、この子は経験者なのだ。
「あなたもため息ばっかりついてないで、一度やってみたらいいのに」
つけあわせのフライドポテトにケチャップをたっぷりかけながら、付け加える。
「どうせ誰でもいいんだから」
まるでコンビニに雑誌でも買いに行けば、というくらいの緊張感のなさで言われたが、僕はまだどうしても受け入れることが出来ない。
また、何度目かのため息をつきながら席を立ち、トイレに向かう。背後からの
「あ、ついでにコーヒーお願い」
の声に追われながら男子トイレに入る。今では男性専用トイレも個室のみだ。当たり前だが、小用を足しているときは最も無防備な時間だからだ。
レーダ機能で、自分を狙ってくるものの存在はわかるものの、至近距離からしか反応しないので、気づいたときにはアウトになりかねない。不特定多数の人間が集まる飲食店や公共施設は、次々と改装して裏にも出入り口を設けたり、気の聞いた店ならトイレの出入り口も複数作ったりしている。いまや、集客の決め手はおいしさや安さにも増して、いかに逃走経路があるかというファクタも重要になっているのだ。この古い作りのレストランには、裏口がないにしては、比較的客の数は多いほうだと思う。
個室内に設けられた鏡で自分の顔を見る。頭上には緑色の(0)の表示。

客席に戻りながら周囲を見渡す。客それぞれの頭上にはめいめいの数字が浮かんでいる。座席の間を忙しそうに動くウエイトレスの上を数字もついていく。ほとんどの場合、それは(0)なのだが、中には(2)や(3)といった赤い数字を持つものもいる。法律上、彼ら彼女たちが罪に問われることはなく、あくまで合法的な行為ではあるものの、そこは人間心理として、危険なものから離れておこう、と皆が考えるらしい。近くの席は空いている。
ドリンクバーでコーヒを注いでいるとき、ひとりの客が入ってきた。と同時にすぐ横の席に座っていた(3)の男が慌てて立ち上がった。
ああ、少しでも心当たりがあるのならこんな逃げ場のない店に来なきゃいいのに。
(3)の男は転びそうになりながらもたった今入ってきた客とは反対の、店の奥へと賭けて行く。新しい客がその後を追う。
トイレ付近で悲鳴が聞こえた。追いつかれたか。
シャツを赤く染めたその「客」は唖然とした、あるいはまたか、とうんざり顔で事態を見守っていた店内の客に向かって
「お騒がせしました」
と礼儀正しくお辞儀をして、それから店を出て行った。当然、入ってきたとき(0)だった数字が、今は(1)にカウントアップしていた。

人を殺しても罪に問われなくなったのは、いつからだったか。
殺すことに関して、特に理由は求められない。殺したい人が出来たとして、そのときは一本の電話をかければいい。受付に殺したいものの名前と識別番号を告げ、その人間がこの国の国民であり、健康な成人である限り、ほとんどの場合申請は受理される。
許可を受けたものは、周囲を巻き込まない方法でのみ、相手を殺害することが可能になる。もちろん狙われる側の人間も反撃することが出来る。さっきのように、ほとんど無抵抗で殺されることは珍しい。よほど油断していたのか、死にたかったのか、今となってはどうでもいいことであるし、知りたくもない。
が、この法律が出来てから、たしかに国内の凶悪犯罪は確実に減った。殺されそうな身に覚えのあるものは震えながらどこかに身を隠したし、家族や恋人同士であってもいつ殺されるか判らない恐怖もありつつ、お互いの絆がより深まるケースも多々あるらしく、円満な家庭が増えつつあるという。
国内の成人の人口は文字通り半減してしまったけれど。
そうして、皆が所持を義務付けられた特殊な装置により、各人はその所在を監視され、合法的に殺したものの頭上には殺した数がホログラフで浮かび上がる。
つい先ほど、そこで殺人が行われたにもかかわらず、皆はもうそのことを忘れてしまったかのように食事を再開している。僕の向かいに座る彼女も、鮮血のように真っ赤なケチャップつきポテトをほおばりながら携帯をいじっている。ほら、こんな世界に僕は到底なじめないし、心底うんざりする。
彼女のほうへコーヒーカップを押しやりながら、僕は電話をかける。
「相手の名前と番号をお知らせください」
事務的なその問いかけに対し、向かいに座る彼女の名前を告げた。
どうやら、僕たちは、増えすぎたみたいだ。
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by telomerettaggg | 2010-04-08 21:16

june

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by telomerettaggg | 2010-04-08 21:12