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対 人

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 20代の頃の自分の行動を思い出すと、恥ずかしくなる。今だから笑い話にも出来るけれど、当時はそれを真剣にかっこいいと思ってやっていたのだ。
 結局のところ、好き好みに関係なく、人の行動は他人に少なからず影響されてしまうもので、それは直接的な模倣、反面教師的な反発、という違いはあるにせよ、集団の中で暮らしているうちは避けがたいものなのだ。

 いま、こうやって書いていることを、40代になった自分が読んだときに、「恥ずかしいことを書いてたな、俺……」と思えたらいいのかな、と。いや、そうなくては困るな、とも思う。

 良くも悪くも、人は変化していくものなのだから。





 
 
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by telomerettaggg | 2008-10-20 00:52 | M-Rokkor40/2.0

non title

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by telomerettaggg | 2008-10-12 07:17

記憶の記録の威力

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 記憶とはなんと曖昧で朦朧としたものなのか。
 フィルムかデジタルか、といえばデジタルそのものの記録方式で脳は記憶している。事実とは裏腹に、こうであったらいいのに、こんな過去はなくなればいいのに、と願う方向へと改ざんしてしまうことなどしょっちゅうなのだ。
 写真が記憶の手助けをしてくれる、とはよく言われる。たしかにある意味ではそうだ。一枚の写真を見て、そこから、そのときになにをしていたのか、どんなことを考えていたのか、思い出すことが出来る。
 上の写真を撮ったとき。今からほんの2年前のこと。
 短い夏休みを利用して、バイクで旅に出たときのこと。あいかわらずの無計画で、どのルートが走りやすいかも知らず、天城越えをしてしまったこと。休むタイミングを失って走り続け、数時間の仮眠ののち、未明の国道を走り続けたこと。

 突然バイクのエンジンが甲高い悲鳴をあげ、その場に止まってしまったこと。バイク屋が開いている時間であるはずもなく、営業中のコンビニや喫茶店もなく、途方にくれて、ただの金属の塊と化したバイクにまたがり、夜明けを待ったこと。猛スピードで走り抜けるトラックに向かってシャッタを切ったこと。
 蘇る記憶の列に巻き込まれて、その前の年に走ったことまで思い出したりもした。

 たぶん今もまだ実家に残っている一枚の写真には、幼いころの自分と弟が一緒に写ったものがある。
 写真の中では、ふたりともそれぞれ別の球団の野球帽をかぶっている。
 「そういえば、子供の頃は○○が好きだったよな?」と、今は違うチームが贔屓になった大人の弟に話しかけると、そんなことはない、ずっと昔からこの球団が好きだ、と言い張る。おそらく彼は、昔に撮った写真のことなどすっかり忘れているに違いない。そう思い、ほら、これを見てみなよ、と促しても、これは親が買ってくれたもので、別に好きだったわけじゃない、その頃から同じチームが好きだったんだ、とあくまで主張するのである。
 弟の中では、ファンを乗り換える、ということは自らの沽券に関わる問題だったのかもしれない。そのためか、自分の記憶すらも捻じ曲げている。

 あのね、弟よ、君がずっと好きだという地元球団は、子供の頃は「南海ホークス」という別の球団だったんだよ。





 
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by telomerettaggg | 2008-10-04 19:54 | CANON LENS 50/1.4

センサ

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 ひさしぶりに町を歩いた。初めて通る道を約10キロ。
 いつものことではあるけれど、これといったテーマを決めるでもなく、目に付いたものにカメラを向ける。半分以上はノーファインダ。撮った枚数はわずかに20枚。
 あきらかに、目にするものへの反射速度というか、興味を惹くものへの感度が鈍っている。
 
 どんなことにしろ、机上の空論ばかりに時間を費やすより、実践することが大切だと思うし、そのためには、それにどれだけ内容の濃い時間をかけたか、ということが重要になる。
 これは、他者との比較というよりも、自分の中での比較であって、誰かに批評してもらうことや誉めてもらうことは二の次。

 ネットや写真集で、この写真はすごいな、刺激を受けることはままあるけども、決して「この人にはかなわない」とか、「負けた」と感じたことは一度もない。
 決して傲慢な気持ちからではなくて、自分の写真と比較することに意味がないからだ。おなじ土俵にいないものに対して、勝ち負けやかなうかなわない、という視点での感情をもつこと自体が妙なことだと思う。
 鳥は飛べる、人間は飛べない=人間は鳥より劣っている
 と考えること自体がナンセンスなのと同じように。
 もちろん、人間が鳥よりあらゆる面で優れていると考えるのはもっとくだらない。

 「かもめのジョナサン」のように、彼がひたすら飛ぶことだけを追い求めたかのごとく、写真を撮るものとして、そのことのみを磨いていくのみ。センサをいつもぴかぴかににて、感度最高の状態にしておきたい。指向性は人によって変わる、オリジナルセンサ。






 
 
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by telomerettaggg | 2008-07-11 12:19 | RICOH caplio R5

回転

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 右か 左か





 
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by telomerettaggg | 2008-07-09 19:39 | RICOH caplio R5

七夕

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 「ねえ、今日はどこにもいかないの?」
 少しけだるそうな口調で彼女は尋ねる。
 震える指でタバコをふかしながら、そういえば今夜は七夕だったな、と思い出す。
 「べつに、どこにも行くつもりはないよ」と、無理にそっけなく答えて彼女の反応をうかがう。やはり不満そうだ。
 「あたしの浴衣姿見たくないのぉ?」
 それは見たい。けれど、七夕にはあまりいい思い出がない。夜店を歩いていて不良に絡まれたり(俺は喧嘩がからきし弱い)痴漢に間違われたり、走ってきた子供が狙いを定めたように手に持ったわたあめごと俺の胸に飛び込んできたり、毎回散々な目に遭っている。
 「どこか人のいない場所ならいいんだけど」こんな日はどこだって人ごみで溢れかえっているはず、そう予測して答えてみる。
 「ああ、それならうちのマンションの屋上で花火を見に行こうよ」
 乗り気な彼女の熱意に押されて、出かけることになった。

 ところで、部屋から屋上に上がるだけの行為は、外出といえるのだろうか。

 ビールや食べ物を買出しに出かけた先で、数々のイベントが待ち構えていることを、俺はまだ予測しきれていなかった。





 
 
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by telomerettaggg | 2008-07-07 18:37 | Nikkor35-70/3.3-4.5

i phone

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 写真とは全く関係のない話題。
 携帯は、10年以上ほぼ同じキャリアを使用している。途中2年ほどauに浮気したが、あとはずっとデジタルホン>j phone>vodafone>softbankと使い続けているわけ。これといった理由があるわけではなく、換える必要性を感じなかったから、というだけなのだが。

 そんなsoftbankからアップル社のi phoneが発売されることになったのはもう有名な話ではあるけれど、俺はあんまり興味がない。携帯・ネット・音楽が一体化したということで、使い勝手がよくなったように思うのは、テレビとビデオが一体化したテレビデオが発売されたときとおなじようなもので、ひと時もてはやされたが、暫くたってからふときづく。
 これって、どっちか片方が壊れたらどうしようもないじゃん、と。
 そもそも、全ての機能をオールインワンに集約する、という考え方は一般的になっているし、壊れたら買い換えればいいのでは、という消費行動が当然のものとして受け入れられている結果だからかもしれない。
 こんなことを書いている自分自身、新しい物がすきで、MDプレイヤが発売されたときなど、真っ先に買い求めたりしたものだが、最近の傾向としては、いきなり飛びつくよりも、売れ行きや動向を見守ってから、ようやく重い腰を上げるほうが性にあっているような気がしている。ブルーレイだってまだこれから発展すると決まったわけじゃないからしばらくは静観する。

 というわけで、いまならi-pod touchかi-podがねらい目だと思っているのだけど、どうだろう。






 
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by telomerettaggg | 2008-07-04 23:13 | Nikkor50/f1.2 Ai-s

真実を写さない「写真」

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by telomerettaggg | 2008-06-27 20:55 | Nikkor50/f1.2 Ai-s

sink deeply

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 成長する、ということは、不思議なことが少しづつなくなっていくことだ。と彼は思った。
 新鮮さが失われ、深く沈殿した澱みの底を見るとき、そのことを強く感じるのだ。底なし沼などないことを。あるいは無限を確かめる術などないことを。ただそこには、永遠かと感じるほどの日々と、地層が堆積していくかのごとく降り積もる水滴があるのみ。すくなくとも彼の主観ではそう感じられた。
 主観によらない客観はない、というのが彼の持論だ。どれだけ平均的な意見や、観測される事象を平らに伸ばした考えを述べたところで、それは自分という1つの個を通してみえる現実のごく一部でしかないのだ、というのがその根拠だ。ただ、情報量が増えるにしたがって、その客観的なビジョンが精度をあげるだけのこと。

 それでも彼は、世界を広げたかった。小さな二つの目をもっと違う現実に向けてみたかった。強く熱望した。 そしてこの降雨は、底のある底なし沼の深さを更に押し上げ、天井のある天井知らずの空を更に近くした。しかるべくして、彼の行く手をさえぎる壁は力を失い、今まさにそれを飛び越えられるまでになったのだ。
 
 そうやって、 frogmanは、潜ることをやめ、manであることを失ってまでも、その両足で草むらへと飛び跳ねた。素晴らしい世界を見るために。

 全てを見るには、絶望的なほど短い寿命を、更に縮めることになろうとも、彼はそうすることを望んだ。

 客観的に言えば、人間だって全てをやりつくすには短い一生だろ。そう嘯きながら。





  
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by telomerettaggg | 2008-06-09 11:11 | RICOH caplio R5

A soil fish

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ふわふわ ぷかぷか
ただよう ただよう
踏まれながら 泥にまみれながら
浮遊する





 
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by telomerettaggg | 2008-05-08 20:33 | RICOH caplio R5