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プロローグ2

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 プロローグ(2)


繰り返される上下動と、どこまでも続く螺旋階段。
先の見えないスパイラルを感情の上下動とともに乱高下していく。きっと底には死か、それに類する何かがあるのだろう。では頂上にはなにがあるのか。
極限まで落ち込んだ状態が死とするなら、その反対語はなんと呼ぶのか、私は知らない。幸福の絶頂とでもいえばよいのだろうか。それはつまり、ただの思い込み、幻想にすぎないという事もありえる。
死がありありと現実なのに、幸福感とは気の持ちよう、と言うことなのかもしれない。
自分は今、最高に幸せだ、と自覚した時点が、かりそめの頂点というわけだ。それは、天気予報の”観測史上初”程度の意味合いでしかない。
結局のところ、こんなことを考えるのも、現在私の置かれている状況が非常に思わしくないからであろう。見えないはずの底に足がつきそうなシチュエーションかもしれない。これもまたただの気の持ちようとも考えられる。

どうしてこうなってしまったのか、全く理解不能だ。
私にとってそれは仕事であり、日々暮らすためのささやかな、糧を得るための手段である。
何かのドキュメンタリーか、雑誌で読んだかは忘れてしまったが、ある学校で、自分たちで雛から育てた鶏を、自ら殺して調理し、食べる実習があったそうだ。そうすることで、命の大切さを知ってもらうことを意図したその授業で、およそ一年にわたって育ててきた鶏を、ある生徒は悲しみながら、またあるものは教師に説得され泣く泣く殺した。
けれども、大半はどうしても食べることが出来なかったらしい。普段ファーストフードショップでフライドチキンをほおばり、好きな食べ物は焼肉です、などと答える人のいったいどれほどが、その肉を育て、殺し、商品として送り出す人のことを考えているだろう。大半のものは対価を払うことによって、その作業をせずに済んでいるだけなのである。
もちろん、そういう行為自体を感謝の気持ちが足りない、などと非難する気は毛頭ない。
なぜならば、私も自分が生きるため、人を殺しているからだ。
しかしそのことについて良心の呵責を覚えることはない。
もちろん特殊な職業だと自覚している。だが、生きていく中でほんの少し死と隣り合わせであることなど、多少スパイスの効いたステーキ程度の刺激ではないだろうか。殺すからには、殺されるかも、あるいは捕縛されるかもしれないリスクは常に伴う。私はそのことを自覚した上で職にあたっている。
だが考えてみて欲しい。F1ドライバーにも、登山家にも、闘牛士にも、命の危機がある職業という括りで考えれば似たようなものである。螺旋階段をまっさかさまに落ちる危険を秘める代わりに、それなりの金銭を手にする。それらの仕事と私のやっていることは法的に許されているかいないかが違う、と非難されても全く意味はない。拘束され断罪されるリスクを理解したうえで、この仕事を行っているからだ。
自覚していようがいまいが、事故を起こすリスクがありながら、スピード違反するドライバーと罪の重さに差はあれど、行為自体に何の違いもない。むしろ、きちんと理解したうえで罪を犯している私のほうがまだましだ、という考え方もできよう。

代理人の住田は、いつも最小限の言葉しか発しない。私もそれで構わない。あくまで仕事上の付き合いであって、ビジネスライクに用件のみを伝える彼のことが、私は嫌いではない。仕事あがりに一緒に飲みに行くだとか、休日に連れだってドライブに行くような仲ではないのだから。彼に対し特別な感情を抱いたことはこれまでのところ全くない。
それどころか、私は住田の顔すら知らない。常に連絡は電話のみであり(それすら向こうからかけてくるのみである)それ以外は現地に置かれた封筒の中身で、仕事内容を知るのみだ。
住田はいつも私の携帯電話に公衆電話からかけてくる。私らしくもない親切心から、今どき公衆電話から電話している姿を見られたら、余計目だって印象に残るのでは、と忠告したこともあるが、駅や公共の建物など、大勢が利用している場所からなので心配なく、と返ってきた。ご苦労なことである。
もちろん、それくらい注意を払ってもらわなければ困るのだが。居所を察知されてはまずいし、住田と私の関係が通話記録から発覚してもらってもだめだ。PCや携帯電話のe-mailなどは秘匿性が高いように思われがちだが、返って通信ログが残ってしまうため危険だ。一度捜査に乗り出したら、警察は躍起になって追いかけてくる。ネット専従班がのりだすまでもなく、携帯電話の位置情報から私の現在地が判明してしまう。当然、仕事を終えた後は携帯電話の電源を切り、速やかに現地を立ち去るのが最低限のルールではあるのだが。

住田から電話がかかってきたのは、6月の終わりの、湿った空気と梅雨の陰気なムードに嫌気が差し始めた頃だった。
「俺だ、仕事を頼む」
この携帯番号を知っているのは住田だけなので、それが公衆電話からの通話であることを見ただけで、仕事だとわかる。
「前の仕事からずいぶん間隔が空いたね。今回のお客さんは誰かな?」
私は少し浮かれた口調で尋ねる。久しぶりの依頼でなまった体をほぐせる喜びに加え、ちょうどワインを一本空にしたばかりなのだ。
「今回は少し遠い。北海道の中幌町。客は中幌町グランドホテルの503号室に来月5日から一週間宿泊する」
 こちらの様子に頓着せず、一切感情のこもっていない声で住田は用件を簡潔に伝える。
「ひとりで?」
「そうだ。方法はいつもどおりでいいか」
「もちろん。やりなれた方法に勝るものなし、ってね」
「必要なものは向かいの廃ビル4階に。確認でき次第、金はいつもの口座に振り込む」
そう言うなり通話は終了した。
全く、この男と来たらじゃあ、とかそれでは、などの挨拶すらろくにしないんだからなあ。全く愛想のかけらもない。
私はそうつぶやきながらも、上機嫌であった。仕事を始める前の軽い緊張感と高揚感はいつもながらたまらない。
さて、と。
私は頭の中で目的地までの行程を考えることにした。
……中幌町、いったいどこにあるのだ?
by telomerettaggg | 2012-09-27 22:55