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The Joshua Tree

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 運命は残酷だ。
 
 ある人はそう言う。だが俺はそうは思わない。運命自体はただそこに転がっているもの、避けては通れない絨毯のようなものであって、それを残酷だと感じるか、幸運だと思うかは実際に通った者にしかわからない。
 数多くの選択肢を無意識に、または意識的に選び、まだ見ぬ未来を紡いで得たものが本当に自分にとって最高の結果であったかどうか、そんなことは誰にも結論を出せない。

 文字通り、降って湧いたような莫大な遺産相続人になり、豪華客船で大西洋をクルーズしている俺は、はたから見ればたいした努力もせず大金持ちになった成金の客にしか見えないだろう。

 しかし俺の心中はそれとは真逆だった。
 相続のゴタゴタで親族と揉めに揉め、心身共に疲れ切った俺はそれらから逃げるように追っ手のいない船へと身を隠した。大海原で心からはしゃぐクルーズ客を眺めながら、いまここで手すりを越えて海の藻屑となってしまえばどれだけ心が安らぐだろうか。そんなことばかりを考え続けた。しかし、死ぬ気にはなれなかった。

 思えば、一介の塾講師だった俺には将来の展望こそなかったものの、生活し、好きな映画を観て、たまに好きな音楽のCDを買うだけの収入はあった。それ以上のことは望んでもいなかったのに、いきなり一生遊んで暮らせるだけの遺産が転がり込んでも、当惑するだけで遣い道などなかったのだ。親族の欲深な叔母が言うとおり、相続放棄してしまえばよかったのだ。それをしなかったのは、講師の同僚がふとしたときに尋ねた一言にあった。
 「もし、君にいきなり大金が入ったらどうする?」

 どういった意図でそんな質問をするのかわからなかった。同じ歳の、いい意味で小賢しいその同僚とはそれほど仲がいいわけでもなかったが、それでも少し考えた末堪えた。
 「俺は特にお金が欲しくもないけど、困った人を助けられるくらいのお金があったらいいな、と思うことはあるよ」

 同僚は意外そうな顔をして俺を見ていた。
 遺産相続の話が持ち上がったのはそれから程なくしてだが、別に同僚がなにかをしたわけでもあるまい。結果として泥沼の裁判沙汰になり、死ぬことまで考えることになったわけだから。それでも、お金自体に罪があるわけではない。親族にはそれなりの財産分与することで決着がついた。それでも俺が使いきれないほどの金が残った。



 客船のデッキで、俺は身を投げることはなかったが、代わりに瓶を投げた。
 中には俺の連絡先が書いてある。この瓶を拾った人は連絡を欲しい。自分と友達になって欲しい、といった旨の文章を英語でしたためた紙片だ。

 どこかに届くとも考えていなかった。俺の代わりに海の藻屑になるか、永遠に海をさまよった挙句、ただのゴミとなってしまうほうが確率としてははるかに高い。
 22歳にもなる俺がこんな恥ずかしいことをしたのは、その船で出会ったとある老人の勧めによるものだが、その経緯は省く。このあと急ぎの用事あるのだ。その前に記録を兼ねて取り急ぎタイプしている。

 先を急ごう。そんなわけで俺は数ヶ月ぶりに日本に帰って来た。
 豪華客船の旅は楽しくないわけでもなかったけれど、また世俗の喧騒に帰って来た憂鬱と、ほかにもうるさい親族がやってくるのではないかという面倒さから、外界との接触をシャットアウトし、ひたすら部屋での娯楽に徹した。DVDで映画を観たり音楽を聴いたり。船で投げた瓶のことは頭から消えていた。

 帰宅後、3ヶ月ほど経った夏の日、一通のメールがPCに届いた。
 hello,my name is annから始まる全文英語のその差出人に全く心当たりがなかった。ただの迷惑メールだろうと反射的に削除しようとしたが、文章には不審なURLもリンク先もない。テンプレート通りの文とは違うものを感じた俺は、メールを読んだ。
 驚いたことに、俺が投げた瓶を拾った人からのメールだった。
 塾講師などよくやっていたなと呆れられるくらい、中学生英語のレベルしか解さない俺だが、翻訳サイトを使いながら読んだ「アン」からのメールには、俺と同じ22歳の女性であること、サンタモニカの海岸で瓶を拾ったこと、連絡先に書いてあったメールアドレスに通じるかなと半信半疑でメールを綴ったことなどがしたためられていた。

 どんな天の配剤で大西洋に投じた瓶がカリフォルニアの海岸に届いたのかはわからない。それでも返事が来たことに俺は狂喜した。さっそく返信した。

 拾ってくれてありがとう。から始まり自己紹介、日本に住んでいること、同じ年齢であること、もしよかったらメールをやりとりしたい、そんな内容を英文に翻訳して送信した。1週間後、アンからの返信が届いた。自分の知らない世界の話を聞かせて欲しい、私でよかったら喜んで友達になりたい、との内容で、そこからメールのやり取りが始まった。

 彼女はあまり自分の身の上を話さない。
 こちらからあえて聞く事もないが、文章の端々から想像するに、あまり裕福な暮らしとはいえないようだ。カリフォルニアのダウンタウンがどんな生活レベルなのか、日本に住む俺には理解する術もない。が、高校を卒業したあとは街のパン屋で働きながら、週末ネットカフェに行って知らない町のことを眺めるのが唯一の楽しみなのだそうだ。自分の部屋にはネットもなく、道理で返信が週末の似た時間になるなとは思っていたが、納得がいった。

 充分な教育を受けていないのか、彼女の歴史認識は俺の知っているそれとはちょっとずれていた。たとえば、自らの国を指すとき、ステイツではなく「American Empire」と書く。米帝とはいかにも大仰であるし、世界を律する存在としての驕りがあるのかとも思うが、特に追求することもなかった。性格なのかもしれないが、得てしてアメリカ人は自分の住んでいる場所を世界地図で指せ、と言われてもよくわからない人が多いという。日本がどこにあるかなど意識すらしてないのではないだろうか。彼女の認識では韓国と北朝鮮は一つの国になっているそうだし、ロシアとその周辺国もまとめて「連邦」になっているらしい。中国もその中の一つなのだそうだ。笑いをこらえるのに必死だったが、別にどうという事はない。認識上の国境と実際が違っていたからといってなにか困ることがあるわけでもない。

 瓶を拾ったサンタモニカの海岸は彼女のお気に入りの場所だそうだ。
 厳密には、海岸通にある一本の木が、とても大事な場所なのだという。その通りには砂漠に生えるジョシュアツリーが植えられている。同名の国立公園が南カリフォルニアにあることを検索して知ったが、海沿いに植林しても大丈夫なのだろうか。俺には判らなかったが、枯れてはいないそうなので平気なのだろう。彼女がなぜその木を気に入っているのか、その理由は判然としなかったが、数ヶ月メールフレンドを続け、打ち解けてきた頃、なんでもない風を装って、打ち明けられた。
 その木のそばには3人が座れるベンチがある。その下に、生後間もないアンは捨てられていた。誕生日もわからないので、発見され、孤児院に連れられたその日が彼女の誕生日になった。

 そのことを知ったとき、俺には返す言葉がなかった。そのことを特に恨むでもなく、なんでもなさそうにメールした彼女の心中はいかほどだっただろうか。
 ジョシュアツリーは成長が遅い。一年に10数センチしか伸びない。しかし、その両手を広げたような姿は神に祈るヨシュアのようだ、と旅人が名づけたのだという。その木の下に捨てられたアンは神の恵みを受けられたのだろうか?

 「自分の生活をもし昔に戻ってやり直せるとしたら、どうしたい?」

 そんなことを彼女に尋ねたことがある。返事はこうだった。

 「そういうのを含めて今のあたしがあるから。でも孤児院じゃくて、どこかのセレブがあたしを拾ってくれていたらどうなっただろう、って考えることはある」

 サンタモニカ。彼女を知るまで地名の一つでしかなかったその土地には有数の別荘地がある。そんなことを夢想するくらい許されてもいいだろう。
 名声はないが、金はある。そんな俺が彼女にいくばくかの金を送ったらどうなるだろう。そんなことも考えた。彼女の生活を激変できるだけの金銭が俺にはある。だがしかし、そんなことをアンが喜ぶとも思えなかった。ダウンタウンの狭い部屋とパン屋、たまにネットカフェ。ささやかながらそんな生活が幸せだと言う彼女に俺がしてやれることはなかった。

 それでも、いつの間にか彼女に一度会ってみたい、と考える俺がいた。
 不思議なことに、やましい気持ちはひとかけらもなかった。同じ歳の、メールに添付された彼女は笑顔が素敵な赤毛の女の子だったが、恋愛感情が微塵も沸かなかったのはどういうことなのだろう。それよりもむしろ、アンの幸せを願い、彼女のことを守ってやりたい、そんな親心にも似た感情が押し寄せた。

 会いに行きたい。そんなメールを送ったのは2月の初めだった。
 はじめは旅費を使って来てもらうのは申し訳ない、と控えめだったが、そんなことは問題ない、と説得するにつれ、ようやく了承を得た俺はすぐさまカリフォルニアへと飛んだ。自分の住んでいる部屋は恥ずかしいくらい汚いのでという彼女の言い訳も受け入れ、待ち合わせ場所に選んだのはサンタモニカのジョシュアツリーだった。
 「あたしの誕生日のちょうどひと月前ね」

 彼女は3月の中旬にそこに置かれたのだ。俺は何も返せなかった。ただ、楽しみにしている、とだけメールした。

 約束した場所、日時、俺はジョシュアツリーのベンチに座った。

 彼女は現れなかった。

 困窮した彼女は自分の部屋にはもちろん、携帯電話も持っていなかった。
 連絡先はいつものメールアドレスだったが、ベンチから送信したメールはあて先不明で戻ってきた。俺は一体なにをしたかったのだろう。なにを望んでいたのだろうか。わざわざアメリカくんだりまでやってきて、一人でいい気になって、そして約束をすっぽかされた。これほど惨めなことはない。

 それでも、日が沈む頃まで待って、その場を後にした。
 彼女の好きなそのジョシュアツリーに赤い布を巻いた。やけくそで書いた、「goodbye,ann」の文字を添えて。彼女がメールで書いていたほど、その木は大きくなかった。10m以上あるのよ!と誇らしげに言ってたくせに、実際のその木は植樹されたばかりの植木そのものだった。結局いろんなことが嘘だったんだ。
 失望した俺はそのまま日本へ帰った。来る時に考えていた観光や楽しい期待は跡形もなく消し去っていた。

 帰宅した俺のPCには、果たして、彼女からのメールが届いていた。
 約束の日、約束の時間にジョシュアツリーに行ったけれど、誰もいなかった、無事に着いたのでしょうか?と書かれていた。
 俺はうんざりした。一体何の目的でそこまで俺をたばかる必要があるのか。おもしろ半分に東洋のジャップをからかってやろうと考えたのか。

 「ちゃんとその場所に行った。その証拠に赤い布をジョシュアツリーに巻いた」

 メールにはそう書いて送った。恨み言を入れたらなんだか自分が余計に惨めになる気がしたのだ。

 週末の、彼女がいつもメールをくれるのと同じ時間に返事は届いた。

 「サヨナラってどういうこと?それにあの赤い布はものすごく薄汚れてたし、とても上の枝に巻かれていて取るのに苦労した。なんだか、ずっと前からそこにあったみたい。どうやって巻いたの?」

 何かが腑に落ちなかった。薄暗い部屋の中、モニタの照明に照らされた俺はそのまま考え続けた。結果、彼女に一通のメールを送った。

 ほとんど夢か幻か、一週間とはこれほど長いものなのか、まんじりともせずPCの前で待ち続けた。そして、彼女の返信を読んで、俺は全てを理解した。



 俺は、こう尋ねた。

 「正直に答えて欲しい。今は西暦何年?」

 


 ずれていた。彼女は俺より22年も先の未来を生きていた。
 そう理解すると、いろんなことに得心がいく。歴史認識がずれてると感じたこと。
 小さなジョシュアツリー。成長したジョシュアツリー。
 サンタモニカのベンチで携帯から送ったメールがあて先不明になったこと。

 最後のことはよくわからない。そもそもどんな奇跡が彼女とのメールを可能にしたのか、そんなことを理屈で説明できるわけがない。ただ、いろんな条件が重なったほんのはずみで、彼女と知り合えた。まだ生まれていないアンに出会えた。いや、実際にその姿を見てはいないのだけれど、その存在はひしひしと感じられた。

 俺は決意した。それがいい結果に繋がるのか、そんなことは判らない。
 ただ、できることをしようと思った。その場からネットで航空チケットの予約を取った。
 3月の明日、サンタモニカのジョシュアツリーの下。そこで彼女に出会える。
 生まれたばかりの、彼女は笑ってくれるだろうか?
 大きくなった彼女に、22歳の俺は君とメールしたんだよ、と言ったらどんな顔をするだろうか?

 運命なんて先でどう転ぶかわからない。
 俺のこの先などそれほど気にもしていないが、女の子一人を育ててあげるくらいの金はある。充分すぎるほどある。世界平和など望むほど心は広くない。でも、自分の好きな人の幸せを望むくらいの自由は運命にもあっていいんじゃないかと思う。

 出発の時間がもうすぐだ。







by telomerettaggg | 2014-03-20 06:05 | summaron 35/3.5