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MERIDA PAVEA1

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 検索でよく使われている語句がパヴェアなので、たまにはこの小径車のことも書いておこうかと思います。購入したのは一昨年になりますが、カラコラムに乗り始めてからはそちらがメインになってしまい、これはたまに近所を走るだけの散歩自転車と化しています。

 ただ、使い方としては一番妥当だと思っています。
 小径車のメリットは漕ぎ出しの軽さです。街中で頻繁に停止、発進を繰り返す場合、出だしの軽さに助けられます。ちょっとしたことでも止まるのが苦にならないのはいい点です。あと、抵抗が少ないので向かい風でもそれほど苦痛を感じないというか、速度低下が少なくて済みます。これは時速20キロとかでの話なので、そのあたりは勘違いしないでください。この自転車はあくまでもゆっくり走るためのものです。

 装備も一番廉価版の1はフロント1速、リア7速(シマノの外装変速最低グレード、ターニー)なので、そこは推して知るべしです。変速はきっちり調整できていると何も問題ないのですが、そのいい具合にセッティングを出すのが面倒で、メンテ経験がない方だと使いにくく感じるでしょう。ブレーキは単体で1000円もしないVブレーキで、安物のブレーキワイヤを使っているせいかレバータッチはふにゃふにゃです。前述のとおり、のんびり走る分には問題ない効きなのですが、これで急な坂道を下るのは勘弁したい。

 満足に走らせようと思ったらフレームとハンドル以外は総とっかえしなければいけないレベルですが、そういうものだと割り切って乗る分には大丈夫でしょう。自分はデザインが気に入って買ったようなもので、装備も納得した上で購入しているので特に不満はありません。

 残念ながら2013年のメリダラインナップからパヴェアは消滅しているようです。もともとMTBとロードバイクをメインにしているメーカーですので、小径車はあまり扱っていませんでした。ピンクがかった赤で、人目を惹く色ですが、メリダ自体はさほど有名なメーカではないので(生産量は世界2位ですけど)ちょっと変わった自転車が欲しい人向けなのかもしれません。ペダルやコラムスペーサなど、アクセサリなどは交換していますが、今後大幅に手を加えるとしたら、ロードバイクを購入後コンポーネントの余りが出来たとき、換装するくらいしか思いつきません。売価3万以下で購入しているので、いろいろ気兼ねなくいじってみるにはいいベースだともいえます。
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by telomerettaggg | 2013-04-30 17:57 | Lumix phone P-05c

綺麗なバラにも棘は無い

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 おいしいブドウに種はなく、とうとう柿にも種無しの品種が開発されたらしい。
 いささか強引に話を摩り替えると、マジックショーでタネも仕掛けもありません~、とやるのは嘘つきじゃないか、とごねる客がいてもおかしくない、そんな時代になった。
 エンターテイメントにおいて、見せる側と観客には暗黙の了解があった。タネも仕掛けもない、といいながらあるのは皆わかっている。それをあえて指摘するのは無粋だろう、というわけである。ジャイアント馬場のスローなキックを受けてなぜ敵レスラーは倒れるのか、などというのは粋ではない。
 
 しかしそれが当たり前のように、嘘をつくな、隠し事をするな、演技でそんなことをやるなんてこっちはきいてないぞ、と観客が言い出すのは決して見る側のレベルが下がっただけではなく、そうさせてきた提供側にも問題があると思う。テレビでは毎日のように舞台裏を見せ、待ち時間の裏話をする、いわゆるぶっちゃけ話が人気だ。自分が子供の頃、録画放送でも生放送のように振舞うのは当然のことで、それをばらすのは処分対象になるほどのタブーだったと思うのだが、今ではそのことをネタにすることさえ当たり前になった。
 ミュージシャンのライブDVDでは舞台裏のシーンがドキュメンタリーで描かれ神秘性などはどこかへ消えてしまったし、映画ではメイキングやコメンタリーで実情をぶっちゃける。すべてが悪いとはいわないし、客が求めるからこそエスカレートした部分があるのは否めないが、超えてはいけない一線を大幅に下げてしまったメディアは見せていない手の内まで客から要求されるようになってしまった。

 ツイッターやブログなど、有名人が日常を垣間見せることで、情報はほんの10年前より爆発的に拡散するようになり、今後以前のようにエンターテイメントをコアなファンが楽しむ場は少なくなってしまうだろう。きっとテレビはその舞台ではなくなる。
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by telomerettaggg | 2013-04-29 17:10 | Lumix phone P-05c

大局を見ていない

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 晴れた心地のいい日だったので、久しぶりに釣りへ行ってきた。
 歩いて5分もしない場所に流れるその2級河川は、所々に小さな堰がある。梅雨の時期でない限り堰は開けられているのだが、流れが変わるからなのかフナやオイカワ、時には鯉などの大物も生息していおり、それらの魚を狙ってサギなどの水鳥や鴨、亀などもやってくる。環境破壊がどうのと叫ばれているが、まだここにはメダカもそこらじゅうにいる。自然は豊かな町だ。

 自然は豊かと書いたが、この日本の河川で護岸工事が行われていない川は数えるほどしかない。もちろん今日の釣り場も例外はなく、コンクリートで固められた川べりと、大水の際に流されないよう鎮められたコンクリートの塊の上から糸を垂らした。
 釣果はなかなかのものでフナが15匹ほど釣れた。釣れた魚は持ち帰るわけでもないので、それほど大きいバケツは持って来ていない。折りたたみできる小さなもので、5匹も入ればフナはアップアップし始める。

 中には一か八かで飛び跳ねて脱出を図ろうとする魚も出てくる。そのうちの一匹が見事バケツから飛び出すのに成功した。そして、川ではなく、埋め込まれたコンクリートの穴の中に飛び込んだ。穴には増水のときに溜まった水が入っているので魚は死なない。
 しかし、俺は知っている。穴の中に入って逃げられなくなった魚を食べにサギがやってくることを。近いうちにあのフナは鳥の餌食になる。もう少し待てば、逃がしてもらえたのに。

 魚にとってバケツにとどまることは死を意味するのかもしれない。もちろん生存本能以外の思考力が魚にあるとは思えないのだが、比喩的に考えて魚が死を意識し、あまつさえ生を諦めてとどまりさえすれば生きながらえ、生を望んだがために自らの寿命を縮めることになるとは、なんと皮肉なことだろうか。

 でもこれは、卑屈な人間の考えだとも言える。魚に大局を見通す能力はない。しかし、少し先を見通すことができるからといって、それがいったいなんだというのだろう。死ぬような結果が明らかに待ち受けているならともかく、失敗するかしないか5分の状態でも避けようとするのはつまらなすぎる。
 勝手な人間評になるが、人の言う事をよく調べもせずに鵜呑みにして従ったり、禁止されたことに唯々諾々と従う人間にあまり魅力を感じない。全ての物事を損得で判断することや、コストパフォーマンスで決定する人間も然りである。自分の枠を自分で作ってしまっている。バケツに捕らえられて、そこから飛び出すのは利口か愚かか、井の中の人間に判断できるはずがない。ならば飛び出すのもまた勇なりであるし、そちらのほうが魅力的に見える。

 きっと、大半の人に納得の行く判断ではないと自分で書いていて判るので、理解を求めようとは思わないし、無理に飛び出せと勧める気も全くない。がしかし、結果的に多くの分野で活躍するのは得てしてそういう人だったりするので、気になる方は心の隅に留めておくといいだろう。
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by telomerettaggg | 2013-04-28 18:34 | Lumix phone P-05c

ヤドリギになってゐる

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 ヤドリギとその宿主の関係は共生なのか?一方的に養分を吸われるだけの寄生なのか?
調べればすぐわかるのだろうけれど、ここでは特にどうでもいい。帰省している自分、というちょっとした小ネタをやりたかっただけなので。

 実は、この「どうでもいい」と思えるスキルを身につけてから、いろんなことがやりやすくなった。そんなものが技術なのかと思う向きもあるだろうが、元来気になったことを納得いくまで調べなければ気が済まない性格で、それが災いして時間を余計に費やしたりする羽目になっていた。研究肌といえば聞こえがいいが、優先順位の判断ができないただの馬鹿である。しかも、突き詰めてとことんまで調べるのならばいっぱしの学者にもなれるだろうが、自分が納得したらそれで満足してしまう。
 結果、中途半端に調べた挙句なんとなくわかったつもりになって入る分野が屍のように自分の後ろに引きずってまわっている状態なのだ。

 ゴールデンウィークなのに、予定がなにもない。普段と同じように本を読み、映画をPCで観て、自転車で近所を走るだけになるだろう。冒頭に寄生と帰省をかけたつまらない文章を書いたが、一時的に実家暮らしをしているので帰省でなくともずっと実家にいる。寄生と気勢をかけた捨て身の文であるが、誰も気づかないだろう。だから脈略がない文になっている。そもそも1日に2回更新することが稀なのだから、そのあたりは適当である。

 くだらない文章や、自己満足の物語と写真を載せて何年にもなる。美しい文章を書きたい欲求はあるけれど、さりとてなにかのサークルや物語を専門に扱うグループに属しているわけでもなく、そういったサイトを運営している方と仲良くしたいとも思わない。市政の物書きにもすばらしいものを書く方はいるだろうし、そんな文を読んでみたいと思うのだが、特別探す気がないのは、ネットの世界が広大で、その大半がくだらない文章で埋め尽くされているだろうから。

 逆に言うと、あらかたのネットユーザもこのブログの写真や文章を読んで、なにか感銘を受けることなどほぼないだろうと思っているからだ。それならお前は何のためにやっているのだ?人になんの影響も与える気のないことなどやめてしまえ、と思われるかもしれない。答えは、そんなこと知るか、である。
 無駄なこと、完全な自己満足をネットにばら撒くことに意味はない。意味はないことを俺はしたい。文句あるか?ということでしかない。これはそのまま人はなぜ生きているのか?などという哲学的な問題にまで発展する。お前は何の業績もあげていない、生きている価値などないのだから今すぐ死ね、と言うのと前の疑問提起はほぼ変わらない。倫理的に人に死ねと言ってはいけないリテラシーがあるから口にしないだけで、意味はないのだからネットでものを書くな、という提案も意味合いとしては同じことだ。

 無駄は存在してはいけないのか?文化的な活動はなくても生きていけるが、では文化はなくともいいのか?それは愚問だろう。人が生きていることは本来無駄であり、無駄=存在理由はない、と言うのはナンセンスなのだ。
 だから、特に意味はなくてもこのブログは気力がある限りきっと続ける。やらされている、継続すること自体がプレッシャにならない限り、途切れがちになってもきっとこのままの状態でやっていく。

 最初からブログをみている人は、当時と今ではまったくスタイルが変わっていることに笑止、と言いたくなるのだろうが。
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by telomerettaggg | 2013-04-28 00:10 | Lumix phone P-05c

太陽と耳鳴り

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 太陽を見つめるとくしゃみが出るのは万人に共通するものだと思っていたが、実は日本人の4人に1人ほどにしかみられない症状なのだという。自分の場合、ハンディライトの光でもくしゃみが出てしまう。

 それに加えて、明るい場所に居続けると耳鳴りが酷くなる。太陽活動が活発になると起こるらしいのだが、自分の場合はそうではない。普段から耳鳴りが止まらない。もう数十年一度たりとも止まったことがない。
 耳鳴りの原因は多岐に及ぶため、どれが原因なのか究明するのは困難らしい。原因の一つとされる体の不調もないし、思い当たる節といえば顎のかみ合わせが悪いことだけか。顎の違和感は小学生の時、同級生に殴られたのが原因だと思うが、ほぼ同時期から耳鳴りも始まっているので、自分の中で犯人はわかっている。今からそいつを、これからそいつを殴りに行きたいのだが、そんなチャゲ&ASKAのような真似をしていたらこちらが警察にyah yah yahされてしまうので実行に移すことはないだろう。
 実はその犯人だと勝手に決め付けている同級生は双子で、もう片方にも中学生のときに全く理不尽な理由で殴られている。肩に指を置いて呼びかけ、振り向いたらほっぺたに指が当たる、というくだらないゲームをこちらが読書中に仕掛けてきて、相手が声を荒げたら殴るとか、どういう神経をしているのか今でも思い出すと腹が立つのだが、特に復讐しようと思いはしない。

 ただ、太陽の下に居て、耳鳴りが酷くなるたび、そのことを思い出す。
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by telomerettaggg | 2013-04-27 18:06 | Lumix phone P-05c

あとかたもない

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 一つ前のエントリと同じ場所。
 自宅からも近く、なじみのある場所だった。初めてボウリングに行ったのもここだったし、カラオケで歌ったのもここだった。潰れてもうどれくらいになるのかわからないけれど、取り壊されもせず、国道沿いにそのまま残っている姿は、まるで町全体の行く末を暗示しているようでもあり、寂しくなる。

 そんなこの町も、少し前に過疎地指定された。寂れてゆく、ではなくもう終焉が近づいている。どこの地方都市にも見られる高齢化や人口の減少、駅前のシャッター商店街がここにもある。

 ただ、こう書くと冷酷な人間だと思われるかもしれないが、生まれ育ってきた町の現状がそうだとして、特に悲くはない。愛着がないわけではないし、数十年暮らしてきた町なのでそれなりに親しみもあるのだが、過度の未練や地元愛が自分にはないので、不満を述べるつもりもないし、なるようになるのだろうなとしか思わない。

 実際のところ「住めば都」という言葉は実際に移り住んだことのある人しか実感できないのだろうな、という気はしている。東京に限らず、他の町に住んだことのない人にとって本当の意味での「住めば都」がどこなのか言葉の概念以上の認識が出来ているとはどうしても思えない。

 この町から離れたくない、と言う人はまずその町以外の生活をしたことがない。どちらにも例外はあるだろうけれど、転々と移り住む経験を持つ人が、体裁や周囲の目を気にする以外の理由で地元愛を表明するのをまず見聞きしたことがない。嫌なら町を出ればと言う人と、町を出る選択肢がはじめからない人にとって、前提条件が違いすぎてしまい双方の意見は平行線のままになる。これは同じ出身の人や野球チームを応援する郷土愛とはすこし意味合いが違う。慣れ親しんだ土地と言う意味では似ているように思えるが、それは住む場所が変われば応援するチームも変わる条件反射のようなものに過ぎない。視点を広げたら、ナショナリズムとなにが違うのか自分には区別がつかない。
 ある程度進んだ文化、趣味になれば国や世代も分け隔てなく楽しめるようになるし、地元だからどうのといった縛りは意味を成さなくなってくるものだ。

それがいい悪いのはなしではなく、そういうものだ、というだけの個人的な偏見だと思って読んでいただければ。
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by telomerettaggg | 2013-04-26 20:14 | Lumix phone P-05c

不安と恐怖

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(画像をクリックで大きなサイズを見ることも出来ます)


 不安な物語、というものを人はどこかで求めているものだ。テレビをつければ殺人事件を題材にしたドラマや映画が溢れている。それを娯楽として楽しみことができるのは、人間だけではないだろうか?
 登場人物に感情移入して一緒に不安を味わい、恐怖を感じる。現実に戻ればそこは安全な日常だ。自分の幸せを噛みしめることもできる。

 不安は、何が起こるかわからない、なにに対して恐怖していいのか判らない状態のときに用いる言葉だといわれている。潰れた、荒れ果てたボウリング場の跡地を見て、言い知れぬ不安を覚えるのはなんなのか?不確定なものに対する言い知れない感情の揺らぎでしかないのか?
 ほとんどの場合は違うだろう。人が不安を抱くのは無意識であってもその対象に基づいた恐怖の記憶のせいだ。それは幽霊が出ることかもしれないし、建物が倒壊して下敷きになることかもしれない。ならず者に襲われることかもしれないし、じめじめした環境は健康を害するからで、以前にそのような体験をしたのだろう。
 薄暗い、荒れ果てた建物の中はそういった連想を呼び起こすのに充分過ぎる環境だ。真昼間の繁華街に出る幽霊が怖いか?写真が行き交うオフィスビルで強盗に襲われたり倒壊する危険を感じるか?そう考えないのは、単にそこに繋がる恐怖の記憶や連想することがないだけであって、どこにでも危険は潜んでいる。ただ考えても仕方のない[ここは大丈夫]と思える場所で不安を感じないようにしているだけのことなのだ。廃屋をねぐらにしているホームレスがそこでいちいち不安を覚えるか?何事もなく暮らしていたビルに飛行機が突っ込んでくると誰が予想した?それを生きのこった人たちは明るいオフィスビルでまた同じことが起きないかと不安を覚えるのではないのか?

 結局のところ、不安とは恐怖に関連付けられた個々の記憶によるものなのだ。言い知れぬ不安を覚えたときは前へ進むのをやめておこう、と考える人も少なくないだろう。それはある意味正しい。それが自分の経験に基づくものであったとすれば、きっと撤退もまた勇気だろう。

 ただ、それが経験したことがないことからくる未知のものへの不安、先が見えない不安であるのなら、飛び込んでみるしかないのもまた真実だ。根拠のない不安ほど人の行動範囲を狭めるものはない。一つの道を継続して歩み続けることは大事だ。しかし、ただ歩かされているだけなら、そんな道はとっとと外れたほうがいい。責任という名の荷を背負っているのなら仕方ない。誰かにかける迷惑に見合うものが外れた道の先にあるとは限らない。それを臆病者と呼ぶことは出来ない。

 しかし、特に誰の重荷になるでもなく、自分の歩む道であるのなら、不安は振り切るべきだろう。多分その先にあると勘違いしている恐怖は張子の虎でしかない。
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by telomerettaggg | 2013-04-26 03:27 | Lumix phone P-05c

左ぼうぼう 右つるっぱげ

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by telomerettaggg | 2013-04-25 18:31 | Lumix phone P-05c

光と影

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二つの写真を見て同じアングルなのになぜ太陽の位置が違う?と思った人は観察力が足りない。
よく見たらわかる。時間的な隔たりは数分もない。ただ、撮っている位置が違う。
無論、周囲の建物の配置も電線の向きもまったく違うので、なんてことはない。トリック写真のつもりで撮ったのでもなく、ただの気まぐれとちょっとした実験でしかない。
それも人を騙すための実験ではない。
どの向きからの光線がこのデジカメに一番いい描写力を与えるのか、それが知りたかった。

これを見る限り、かなりの逆光でも画質が破綻していないのがわかる。二枚目のほうは順光と言うより斜光くらいの角度なのだが、これもかなり悪くない。
屋外では太陽を背にして撮る順光のときはいまいちで、それ以外はかなり期待通りの絵を見せてくれる。携帯カメラとしては望むべくもない性能だと思う。
きっと、フィーチャーフォン衰退の流れの中、この後継機は作られないのだろうけど。
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by telomerettaggg | 2013-04-24 16:56 | Lumix phone P-05c

(再掲)総ざらい~モノクロその3~

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再掲の写真はこれでおしまいです。
今後は通常の更新に戻ります。ただし、アップする写真が新しいものとは限りません。
レタッチもしていない過去の写真が1万枚ほどあるので、ランダムに出していくこともあります。
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by telomerettaggg | 2013-04-23 19:39